6-14 そうなってたんだ!
オカ研の事はあまり深く考えないようにしてお茶セットを用意し、先輩の前に座る。
「で、約束の写真の件ですが」
これで今日、何杯目になるのか。
先輩の湯呑みにお茶を注ぎながら話を切り出す。
「ああ、分かってる。何も心配しなくていい」
軽く右手を挙げて僕の言葉を遮る。
「すぐにでも欲しい君の気持ちはわかるが、あいにくまだ撮影前なのだよ。この後、みゆきと一緒に撮影するから待ってくれ」
「……あの、それってみゆきさんもご存知なんですよね?」
「いや、これから頼むつもりだぞ」
湯呑みを受け取りながら当たり前のように言う。
みゆきさんも大変だな。
ともあれ、まだ撮ってないのなら普通の写真にしてもらおう。
「僕から写真の内容に注文をつけてもいいですか?」
言ったとたんに湯呑みを運ぶ彼女の手が、口元でピタッと止まった。
どうしたのかと先輩の様子を伺えば、顔から血の気が引いたようになっていた。
そんな大げさな要求だったの?
「き、君はとんでもなくハレンチなヤツだな。いったい私にどんな衣装を着せるつもりなのかね」
強い口調で文句を言うが、その手が細かく震えて湯呑みのお茶が波打っている。
……この人、僕が何をリクエストすると思っているのだろう?
「あの、先輩。とりあえず湯呑み、下へ置きませんか? それ、まだ熱いです」
ほっといたらヤケドしそうだぬ。
「衣装はいま着てる制服でいいですよ。似合ってますし、すごく可愛いです」
褒めたつもりだったのだが、先輩は一転、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「服でないならポーズなのか? あられもないポーズを撮らせて、私の弱みを握ろうとしているんだな!」
胸を張って断罪するように言うと、座布団に座る僕を睨み付けるように見下ろしている。
うん、このアングルで見る先輩ってすごいよな。
何度も見てるが、見慣れるってことがない。
「……先輩。そもそもセクシーな写真というのは、そういうものでは? あと、右手ヤケドしてませんか?」
バッグからタオルを取り出しながら聞くと、ちょっと冷静になったらしい。
「あ、ああ、大丈夫だ。君があらかじめ注意してくれたおかげでこぼさずに立ち上がることができた」
言いながら湯飲みの中身を揺らさないようにそろそろと座布団に座る。
「しかしポチ。私が制服を着てる写真なんか貰っても嬉しくないだろ?」
「嬉しいですよ。普通に欲しいです」
「ふむ。私のセクシーな姿は見たくないと?」
「言ってません。そういう話じゃないんです」
「君の要求は難しすぎる。制服でポーズも取らずにセクシーな写真を撮れと言うなんて」
それこそ言ってないんだが。
「そういうのって後に残る形にしちゃいけないと思うんですよ。二人きりの場所で、二人だけの秘密にするべきです」
みゆきさんと梶崎の件もあったから、ちゃんと言えば分かってくれる。
そう思って言うと、先輩は神妙な顔になって頷いた。
「つまり、ここがいいと言うのか?」
「……確かに二人きりですね」
思っても見なかった言葉に動揺する僕に、先輩はぎこちない微笑みを向ける。
「君が望むなら仕方ないな」
カクカクしたぎこちない動きで膝を崩して僕の方へ体を寄せてくる。
震える指先をセーラー服の胸当てに這わせ、片側のホックだけを外した。
——へー、そうなってたんだ! その部分って、そう外れるんだ!
先輩は胸が大きいから、胸当を少し外しただけで色々なモノが覗けてしまいそうだ。
慌てて僕は首を横に向けて目をそらす。
視界から外れた先輩の声が、僕のすぐ間近の耳元で囁く。
「今がいいかい?」
吐息の掛かる距離で囁かれ、ぎょっとして振り返れば赤く上気した先輩の顔が目の前にあった。
僕らはしばらく見つめ合い、二人同時に目を逸らした。
先輩が口元を押えてクスクス笑う。
「……先輩、自分で照れるくらいなら、最初からからかわないで下さい」
「ああ、すまんな。思っていたより、ずっと恥ずかしかったんだ。やはり二人だけの秘密は無理だよ。セクシーショットで我慢してくれ」
片手で器用に胸当てを戻しながら先輩が言う。
□
それで素直に家へ帰ってきたワケですよ。
先輩が自分の写真をくれるってのは嬉しい。
先輩が僕のためにわざわざ自分の写真を撮ってくれる。
衣装もポーズも関係ない。
そこに先輩が写ってればそれでいい。
先輩のセクシーってどんなだろう?
妄想が膨らむ。
先輩は《胸にコンプレックスがある》と常日頃から公言しているので、さすがに胸を強調した写真ではないだろう。
撮影担当のみゆきさんだって、そこは分かってるはずだ。
断じて言うが、僕は先輩のエッチな姿が見たいんじゃないんだよ。
二人が考える《先輩のセクシー》がどんなモノなのかに興味がある。
先輩の細い腰とか、白くて長い足かな?
あるいは白魚みたいな指先や、長い睫毛に縁取られた鳶色の瞳のアップ、なんてフェチズムに溢れた写真かもしれない。
普通にビキニの水着とかでもいいな。
それはそれで見てみたい。
うん、すごくワクワクしてきた。
帰り際に『これから撮る』と言っていたから、そろそろ撮影は終わっているハズだ。
ベッドに転がりながら、待ちきれなくて足がバタバタしてしまう。
あはははは。
勝手に笑いが込み上げてくる。
待ってるだけで、すごく楽しい。
そんな感じで落ち着かない時間を過ごしていたら、ずっと手に持っていたスマホが震えた。
跳ねるように体を起こしてベッドの上に正座する。
すぐに画面をタップして送られて来た画像を確認する。
……なんだ、これ?
□
まあ、ある程度は予想していたんだよ。
先輩のことだし、素直にセクシーショットなんか送ってくるワケがないって。
何かあるとは思っていたけど。
送られてきたのは《夜の公園で目出し帽を被った女子高生がブランコに乗っている写真》だった。
意味わかんねえよ。
どんだけ特殊なフェチ向けのセクシーショットだ。
女子高生の胸がやたら大きいのがシュールさを倍増させている。
間違いなく先輩が写っている写真なんだけどさ。
僕が困惑している間に、また写真が何枚か送られてきた。
どれも《目出し帽を被った胸の大きな女子高生》がジャングルジムに登ったり、鉄棒にぶら下がったりしている。
次々に送られてくる写真は五〇枚を越え、ベンチの上に正座してお茶を飲んでる写真が最後になった。
言うまでもない事ではあるが。
普通の写真は一枚もなかった。




