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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第6章 終わりを告げる犬が来る
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6-11 自然な願望

 お茶を淹れ直し始めた僕に変わって、先輩が話を始める。


「さっきから話を聞かせてもらっているが、なぜ占い師になろうと思ったんだ?」

「だって、みんな進路決めてるんだし、あたし一人何も決まらないなんてイヤだもの」


 話し手が変わったせいか、再び部長は落ち着きを取り戻した。


「私にはよく分からないのだが、占い師として開業するとなったら資金もコネも必要だろう。そういう下積みもなく、卒業してすぐは難しくないか?」

「じゃあ、あたし進路どうしたらいいのよ? 進学無理で、占い師無理なら人生詰んでるよ」


 オカ研部長は拗ねたように、そっぽを向いた。

 二人のやりとりを聞きながら、淹れ直したお茶が入った湯呑みを先輩に渡す。

 

 先輩には悪いが、もう一度スイッチしてもらおう。


「えーと、少し話を整理したいのですが、部長さんは進路に悩んでいる?」

「いや、もう決めたし。占い師になる」


 そっぽを向いたまま、オカ研部長が答える。


「決めちゃダメです。悩んでください」

「でも悩むと苦しいし、そんなの嫌だよ」


 そう言ってからチロっと僕の方を見た。

 うん、間違いなく問題はここにある。


「これまで進路のことにアドバイスをくれた人って何人くらいいましたか?」

「うーん、二〇人くらいはいたんじゃないかな」


 やっぱりそうだ。

 どうしていいのか分からないのに、アドバイスをする人だけはいっぱいいる。

 こんなの、誰だって混乱するに決まってる。


「周りの人は、みんな頑張れって励ましたりしてくれました?」

「うん、そう」


 素直に頷いた後で、僕から目を隠すように三角帽子を被り直す。


 たぶん、この人は《頑張れ》ってすごく言われてる。

 なのに頑張っても結果が出ないから笑われたり、困られたりしたのだろう。


 頑張れば結果は出て当然→頑張ってない、努力が足りないと思われたのかも。

 この感じだと《学業成就・合格祈願》のお守りとかもたくさん買わされてそうだ。


 この人が『会長がムカつく』と言っていた理由も理解できた。

 もう一杯いっぱいの状況だったのだろう。


 推薦合格の話でマウント取られたくない、と過剰反応してしまったのだ。


「えーと、 たぶん部長さんが言いたいのは、こういう事ですよね?」


 ここが勝負どころだ。

 にっこり笑って部長の顔を覗き込んだ。


「困っているから、助けて欲しい?」

「いや、進路はあたし自身の問題だから、助けてって言っても、どうにもなんないでしょ?」


 嫌そうな顔をして椅子の上で僕から距離を取ろうとする。

 僕は真面目な顔を作って、もう一度彼女の顔を覗く。


「僕はあなたを笑ったりバカにしたり絶対にしません。約束します」


 今度は笑顔なしだ。


「もう一回、聞きますよ。困っているから、助けて欲しい?」

「……うん。助けてぇ」


 言うと同時にぼろぼろと泣き出した。


「ずっと一人で辛かったんですよね」


「だってみんな《頑張れ》って言うばっかりで、あたしできない事ばっかだし、自分の問題なんだから自分でなんとかしなきゃダメだし あーやだって怒らせちゃったし、誰にも相談できないし、どうしたらいいのか分かんないし」


 ああ、やっぱりそうだ。


 アドバイスをしたがる人は多勢いても、ちゃんと彼女の話を聞いてくれる人がどこにもいない。


 ずっと孤独に怯えてたんだ。


 そりゃ情緒不安定にもなるワケだよ。


「ホントに助けてくれるのぉ?」


 こんな人、ほっとけるワケないじゃん。

 写真部とも繋がっているんだし、このまま放置したら美少年教団がやってくるぞ。


「だそうですよ、先輩」


 僕が話を振ると、先輩は意外そうな顔をした。


「なんだ、ここで私任せになるのか?」

「だって先輩、何か解決策があるんでしょ?」


 さっき先輩が《話を代われ》と指示したのは、何か思いついているからだ。

 僕がしたかったのは問題点の洗い出しと確認だけだ。


「まあ、そうだな。少し考え方を変えればいいんだよ」


 彼女は湯呑みに残っていたお茶をずずっと飲み干し、世間話の口調で話を始めた。


「卒業後の進路に悩むなんて、話を難しく考えすぎている。解決はとても簡単だよ。卒業しなきゃいいんだ」


 ……そりゃまあ、そうですけど。

 すごい事言うな、この人。


「そう無茶な提案でもないさ。私だってもう一度二年生をしたいと思っている。留年はごく自然な願望だ」


 え? そうなの?

 みんな留年したいの?


 驚きの事実に考え込む僕を置き去りにして、先輩はさらに話を続ける。


「万が一にも、うっかり卒業してしまったらニートを目指すべきだ」

「先輩、進路にニートを勧めるのは、どうかと……」


 僕が横から口を挟むと、彼女は口元でフッと笑った。


「放課後になったら毎日ここへきて部活をすればいい。占い師の修行でも勉強でも好きにするがいいさ。学校へは私が話をつけよう。なに、後輩の勉強を見ているとでも言っておけばどうにかなる」


 そこまで一息に言ってから、ふと気がついたように付け加える。


「ああ、人生に選択肢は多い方がいいから、今年もいちおう受験するべきだな。落ちたら一年ここで暮らして、ゆっくり将来の進路を考えたって遅くない」


 思いもかけない提案に目を丸くして言葉を失っている部長さんに代わって、僕が横から口を挟む。


「要するに《部長さんは急ぎすぎている》って事ですか」


 先輩の発言をフォローする言葉に、彼女は満足そうに頷いた。


「もともとスタートが遅いんだ。立ち止まっても、これ以上、大した差は付かないよ」


 気だるそうに長い髪を搔きあげて、肩をすくめた。


「あえて言えばね。あなたに足りないのは努力じゃない。卒業しない覚悟だよ」

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