6-9 終わりを告げる犬が来た
「えーと、僕が聞きたいのは、残りの九割の方なんですが」
ヤバい話が出てきそうな予感がしたので、少し気を遣いながら会話を再開する。
だけどオカ研の部長は、別に触れたくない話題でもなかったらしい。
「ああ、そっちの話ね」
彼女は出がらしの茶を啜りながら納得したように頷いて、机の上の指輪を一つ、手に取った。
「指輪の代金は相手の男に渡して頼み込むから、安くしようがないのよ」
「……ごめんなさい。やっぱ分かんないです」
言っている意味がわからない。
相手の男って何だ?
変な取引先でもあるのか?
訝しむ僕を見て、オカ研の部長は不思議そうに小首を傾げながら解説してくれる。
「あのね、この指輪が10万で売れたら、あたしが一割の1万を貰うの。これには材料費や加工費も入ってる」
そこは分かるんだよ。
すごく常識的な話だから。
「で、残りの9万は、購入者が好きだと言ってる男のトコへ持って行くのよ」
そこまで言って『分かるでしょ?』てな感じに微笑んで頷く。
さっぱり分からない。
「はい? どういうことです?」
説明し直してくれても意味不明だ。
飲み込みの悪い僕に苛立ったのか、わざとゆっくりとした口調でもう一度教えてくれた。
「だから『9万あげるからあの女と付き合って』って相手の男にお願いするの。ここ、安くすると成功率下がるから、どうしても値付けが高くなるじゃない?」
そこまで言われても、考えないと意味が分からなかった。
え? お金をあげて、お願いを聞いてもらうの?
それって、つまり……。
「ただのインチキじゃねえか!」
理解できた途端、大声が出てしまった。
恋愛成就の指輪に魔法とか魔力とか、オカルトは全く関係ない。
単に相手の男を現金で買収してるだけだった。
「ちゃんと恋は叶ってるわよ。問題ないわ」
オカ研の部長は詫びれもせずに言い放つが、どう考えても問題だらけだ。
「プロ目指してるのに、イカサマしちゃダメでしょ!」
「オカルトなんて全部イカサマに決まってんじゃん! あのねオカルトってのは雰囲気とハッタリにお金を払うの! この世界に魔法とか無いから!」
すげえ身も蓋もないな、この人。
全く信じてないのに商売してたんだ。
オカ研部長の話を要約すると。
受験したくないからプロの占い師になる事にした。
名前を売るためにインチキ商売を始めた。
——ダメだ、この人。いろいろ終わってる。
どうしたものかと横目で先輩を確認したら、素知らぬ顔でお茶を飲んでる。
オカ研の状況は理解できたので、すでに会長からの依頼は達成したはずなのだが、先輩はまだ帰る気がなさそうだ。
何かあるのかな?
よく分からないが、このまま話を続けた方が良いらしい。
「えーと、いろいろ、ぶっちゃけてくれるのはありがたいのですが、そこまで喋っちゃってよかったんですか? 今後の事とか大丈夫なのでしょうか?」
オカ研の部長はドカッと体を投げ出すように椅子に座り、投げやりな態度で僕を見た。
「生徒会の犬が来たんだもの。もう、この商売もオカ研も終わりよ」
「……はい? 何の事でしょう?」
「とぼけなくていいわ。今の会長は優秀な犬を飼ってるって。噂になってるわよ」
そういえば僕は《茶道部》と名乗ったのに、彼女は《生徒会が何の用?》と聞いてきた。
最初から執行部の依頼で動いてるとバレていたのか。
「よかったな、ポチ。優秀だって褒められたぞ」
先輩が顔色一つ変えず、呟くように言う。
その下に《犬》って付いてなければ嬉しいんですけどね。
「ハーブティー淹れてくるって嘘ついて、そこの窓から飛び降りて逃げよう思ったけど、ここ三階だし! 着替えてる間に誰か助けに来ないかと期待したのに、みんな部活サボっちゃうし!」
無茶するな、この人。
魔女服に着替えたのは、ただの時間稼ぎだったのか。
「何か誤解してませんか? 僕らは、ただ話を聞きにきただけですから」
「この半年で、あんたたちがいくつの部活を廃部にして来たか分かってるの?」
キツい目つきで睨まれてしまったが、ここは笑顔を作って返事をしとこう。
「それ濡れ衣です。活動停止処分が大半だし、やったのは会長で僕たちじゃないです」
「あたしが何年あーやと一緒にいたと思ってるの! あいつの手口は分かってる!」
テーブルをバンバン叩いて僕の言い訳を否定した。
「あーやは会長の名前だぞ。正しい発音は《あやか》だ」
隣でお茶を飲んでる先輩が豆知識的な事を補足してくれるが、今はどうでもいい情報だ。
「えーと、部長さんは会長と友人関係にあると聞きましたが、仲悪いんですか?」
名前が出たから会長の話題を振ったのだが、急に彼女はピタッと動きを止めて、ゆっくりとした動きで僕の方を見る。
「……あたし、あーやに酷い事言った。どうしよう?」
今すぐにでも泣き出しそうな顔だった。




