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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第6章 終わりを告げる犬が来る
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6-8 どんな時でも明るい笑顔

「あたしさ、夏休みに夏期補習受けたのよ」


 僕が淹れたお茶をゆっくりと飲み干してから、オカ研の部長は静かに語り出した。


「ずっと部活やってたから、勉強なんかしたことなくて。さすがにマズイと思って予備校に行ったんだけど」

「そこで何か、よくない出会いがあったんですか?」


 話の先回りをしてみたが、彼女はキョトンとした顔で首を振った。


「ううん。真面目に勉強したよ。周りも必死だったし、ついて行こうって頑張った」


 僕の安易な予測はあっさりと否定されてしまった。

 がっかりする僕をよそにオカ研の部長はサクサクと話を進めてくれる。


「でもさ、勉強なんか、ホントしたことなかったんだよ! 今のままじゃ進学無理だって言われたから人生で初めて勉強して、志望ランクも落として、夏休み終わって模試受けたら、もうビックリ!」

「えーと、それは成績が上がったってことなんですよね?」


 今度は『そうだったらいいな』の願望的な予測で話を先回りする。

 もちろん彼女は首を横に振った。


「E判定よ! 絶望的!」


 大声を上げて彼女はアハハと笑う。

 うん、どんな時でも明るいのはいいことだ。


「すごく頑張ったのに、全然報われないの。自分が情けないし、もうずっと苦しいの!」

「えーと、まだ勉強始めたばっかだったんですし、ちゃんと伸びしろはありますよ」


 その場しのぎでありがちな言葉を口にした途端、彼女は眉間にシワを寄せて僕を睨む。


「みんなそれ言うの! もう聞き飽きた!」


 よほど鬱憤が溜まっているのか、突然ブチ切れたように怒り出した。


「あいつら、どこかで聞いた言葉をそのまま言ってるだけじゃん! 『まだこれからだ』とか、『スタートが遅いんだから頑張ろう』なんて、借り物の言葉でいいこと言った気になりやがって!」


 丸テーブルを蹴倒す勢いで喋り出したので、慌てて天板を両手で抑える。


「言いたいことは理解できますが、事実だとも思いますよ」

「ただ事実を指摘しただけで、状況が良くなるとでも?」


 据えた目で言われると、怖くてちょっと反論しにくい。


「それはそうですが、部長本人の問題なんだし……」

「そう。あたしの問題だから、あたし決めたの」


 まるで今の言葉を待っていたかのように、彼女の表情が明るくなった。

 どこか遠くの幻でも見ている目になっている。


「受験しない。あたし、プロの占い師になる」


 きっぱりとオカ研の部長は言い切った。


「え? 待って、それ結論が性急すぎやしませんか? 色々すっ飛ばしてて意味わかりませんよ」


 唐突な話の展開に思わず僕がツッコミを入れると、


「もうイヤなの!」


 彼女は泣きそうな声で叫びながら、幼い子供がイヤイヤをするように全身を大きく左右に振る。


「もう、こんな苦しいのはイヤなの! あたし勉強、向いてない!」

「まあ、誰しも向き不向きはありますが……」


 それを言ってしまえば僕だって勉強向いてないんだけどな。

 あんまひどい成績だと先輩に見放されそうだから頑張ってるけど。


「出来ない事を頑張っても結果なんか出ないのよ! 向いてないなら出来る事を頑張るしかないじゃない!」


 もしかしてこの人、ただ受験がイヤで、目の前の現実から逃げてるだけなんじゃないか?


 ……いや、事実を指摘しても何も改善しないんだったな。


 面倒臭いな、この人。


「えーと、それで、指輪が高い理由なんですけど」


 僕が話を向けると、彼女は両手で強くテーブルを叩いた 。


「この値付けは、あたしがプロになるための試金石なの。卒業までに名をあげて、金払いのいい客をいっぱい掴まなきゃやってけないもの!」


 真剣な表情で、言葉に力を込めて言っている。


 言ってる事はアレだけど、意外に将来の事を考えているらしい。

 まあ確かに、その部分だけなら間違ってないと思うけど。


「それにしても指輪一個で10万は高すぎませんか?」

「たった10万で恋が叶うんだから、安いくらいよ!」


 半ばヤケになってるんじゃないかって感じで言い放つ。

 さっきから泣きそうになったり怒ったり、感情のブレがすごいな。


「でも高校生相手だし、仕入値を考えたらボッタクリですよ。そんなにお金稼いでどうするんです?」

「あれ、そんなにボッタクってないわよ。内訳を言えば、一割はここの活動費で、残りは相手へのリベートだから」


 めんどくさそうな顔で説明してくれたが、理解が追いつかない。


「……え? ちょっと意味わかんないんですが?」


 思わず聞き返すと、部長は立ち上がって大きく両手をひろげた。


「オカルトにはお金が必要なの。この部室を見て! それっぽいアンティーク調で揃えてあるけど、全部すごい安物よ! 薄暗くしてごまかしてるけど、詳しい人が見たらすぐ分かるわ」


 ああ、なるほど。

 遮光カーテンにはそんな意味があったのか。


「小道具にもお金がかかるの。ほら、この棚の瓶は全部100均よ。そこのハーブは校庭でむしってきたモノだし、トカゲなんか道端で干からびてたのを拾ってきたのよ! ヒドいでしょう!」


 喋っているうちにヤケになったのか、彼女は高らかに笑っている。


 うん、ヒドい。

 本当にハーブじゃなくて雑草だったよ。


 あえて先輩の方は見ないでおく。

 いま目を合わせたらややこしくなりそうだ。


「こういうの全部キチンとしたいから、活動費はどうしても必要なの!」

「部費が足りなくて苦労してるのは分かりました。お茶淹れなおしますから、ちょっと待ってください」


 オカ研の部長はエキサイトしすぎて情緒が不安定になっている。

 あえてゆっくりと彼女のティーカップに茶を足して、いったん話を途切れさせ、考える時間を稼ぐ。


 内装や小物に凝りたいのだから、お金はいくらでも欲しいだろう。

 なのに売り上げの一割しか活動費に使ってないって、どういう事だ?

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