6-7 ただいま半額セール実施中!
オカ研の部長は苦笑しながら丸テーブルの向かいに座り直す。
「会長って彼氏いるの?」
「いや、いないが」
先輩は目尻の涙を拭いながら答えている。
「あえて言えば、予約済みってところかな」
ちらっと僕の方を見て、上手い事を言ったぞって感じに頷く。
何それ?
先輩って、そんな相手がいるの?
「いいなー、あたしなんか、何にもないまま高校生活終わりそうなのに」
オカ研の部長は目の前の机にペタッと突っ伏した。
どうやら商売の時間は終わったらしく、素の表情を出してきた。
「あれ?、部長さんて彼氏いないの?」
「そんなのいたら、こんな商売してないよー」
机に突っ伏したまま、足をバタバタさせて言う。
予想外の答えだ。
変な男に入れあげて、貢ぐための費用を稼いでいるんじゃないのか……。
「あたしに寄ってくるのは、お守りが欲しいお客ばっかり」
そのままの姿勢で力なく、タハハハハ、と力なく笑っている。
どうやら男の影もないらしい。
「えーと、オカ研のお客ってドコから来るんですか?」
「毎年、新歓とか文化祭で《占いの館》をやって宣伝してんのよ」
だらしなく机に体を預けたまま、部長は嘆く。
「でも来るのは女の子ばっかだから出会いがなくて」
まあ、なんとなく分かる。
男子はこういうトコ、嫌がるよな。
「オカ研の占いはワリと評判いいぞ」
隣の先輩が思い出したように豆知識をくれた。
「私も覗きに行こうと思っていたのだが、文化祭は時間がなくて断念したんだ」
「先輩、ホントは占いとか好きなの?」
興味ない、と言っているけど、そうは見えない。
不思議に思って聞いて見たら、彼女は苦渋に満ちた顔をする。
「……基本的には全く信じていないんだが」
胸の下で腕組みをして唸るように言う。
「どうしていいか分からないと、誰かに相談したくなったりするだろ?」
先輩の言葉を聞いて、オカ研の部長が机からゆっくり身体を起こした。
「会長、それ、やめた方がいいよ。弱みを握られて都合のいい事唆されるだけだから」
「……そうなのか?」
真面目な顔でイメージに似合わない事を言い出す。
「占いなんて当たり障りのない事か、本人が知ってる事しか言わないのよ。それで当たったと言ってるだけ。そんな連中に悩みなんか打ち明けたら、骨の髄までしゃぶられるわよ」
魔女みたいな格好をしているくせに、堂々と占いを否定した。
「あのね。みんな自分の利益になるアドバイスしかしないから。下手に相談したり愚痴言ってると酷い目に合うわよ」
……なんて言うか、案外とマトモな人だ。
化粧は濃いけど、案外と理性的でいい人みたいだ。
感心していたら彼女はスッと僕らの方へ右手を伸ばし、
「はい、相談料。1万でいいよ」
「ええっ、今のアドバイスでお金取るの?」
「当たり前でしょ! あんたたちみたいなカモは、すぐこうやって騙されるの! 納得できないなら勉強代と思って、半額でいいから払いなさい!」
「そんな持ち合わせありませんよ!」
文句を言うと差し出していた右手を引っ込めて、アンティーク調の棚を指さす。
「じゃ、何かここのグッズ買ってよ。全部半額にするから」
この人、半額って言葉が好きなんだろうか?
「じゃ、あたしの生写真なんかどう? 霊験あらたかで千円ぽっきり」
反応の薄い僕らに、彼女は諦める事なくアンテーク調の小物入れからブロマイドっぽい写真を取り出す。
見れば確かにオカ研部長の姿だけど、ずいぶんと写りがいい。
「あ、これ、けっこう美人に見えますね」
見たままの感想を言うと、先輩に脇腹をつつかれた。
「ポチ、それは失礼だぞ」
おっと、うっかりした。
謝ろうと顔を上げたら、オカ研の部長がニッコリ笑って僕を見ている。
ちょっと怖い。
「……えーと、これは半額にならないんですか?」
「無理ね。写真部のマージンも入ってるから」
なるほど、写真部。
あいつら、こんなとこで商売してたのか。
美少年教団の資金源になってそうだ。
あとで会長にチクってやる。
「あいにくですが、今日はまったく持ち合わせがないので……」
こんなの飾りたくないから笑顔で丁寧に断った。
そしたらオカ研の部長は先輩の方をチラッと見て、
「……ちっ、巨乳マニアめ」
小声で吐き捨てるように言って、自分の写真を小物入れにしまった。
ええっ、何それ?
言葉を失った僕に代わって、先輩が口を開いた。
「ここのグッズはどれも高いが、誰が何を基準に値段を決めているんだ?」
この質問で、オカ研の部長は急に硬い声になる。
「あたしだけど、それが何か?」
「恋愛成就の指輪の話を聞いた。校内で販売するにはあまりにも高価すぎる」
オカ研部長は盛大に長いため息をついて、三角帽子を被り直した。
椅子の背もたれに体を預けて足を組み、先輩を見下すような姿勢になる。
「もっと安くしろって? 値引きくらいしてるわよ」
アンティーク調の丸テーブルの向こうで、オカ研部長は冷たい目で僕らを睨む。
「何なら好きなだけあげるわよ、ほら」
僕らに視線を固定したまま、小物入れの引き出しから机の上にジャラッと指輪をぶちまけた。
「どうぞ好きなだけ」
丸テーブルの上に積まれたアルミの山を前にして、オカ研の部長は挑発的な笑みを浮かべている。
「……気分を害したなら謝る。私たちはケンカを売りに来たんじゃないんだ」
あっさりと先輩は折れて、軽く頭を下げた。
少し気だるそうに髪をかき上げ、あらためてオカ研の部長と向き合った。
「オカルト研究会は、もっとゆるい部活だったはずだ。なぜ急にこんなビジネスを始めたんだ? その理由を聞かせてほしい」
先輩に頭を下げられて、オカ研の部長も意地を張るのを諦めたらしい。
黙って僕にティーカップを差し出した。
「えーと、緑茶でいいですか?」
即座に先輩もティーカップを押し付けてきた。