6-5 ハーブティー
オカ研の部室は校舎の三階の空き教室を改造したモノだった。
黒い遮光カーテンにアンティーク調の棚が並ぶ。
元々は普通の教室のはずなのだが、なかなかの凝りようだ。
オカ研の部長は『お茶を淹れるわ』と言って遮光カーテンの奥に消えて行った。
僕らの持ってきたお茶は拒否されてしまった。
彼女いわく『緑茶なんて雰囲気台無し』だそうだ。
ここではハーブティーが基本らしい。
僕らは結構いい葉を使ってるんだけど、そういうのは関係ないと言われた。
味なんかよりも《それっぽさ》の方が大切なんだそうだ。
まあ、たまには校内で他人が淹れたお茶を飲むのも悪くないだろう。
しばらく手持ち無沙汰なので、イスに座って部室の中を眺めてみる。
「こういうのって、どこから買ってくるんでしょう?」
棚に置かれたトカゲの干物みたいなのを指さすが、あまり先輩の興味はそそられなかったようだ。
「たぶんネットショップだな。ああいうのは本物からオモチャまで簡単に注文できるから、そこまで珍しい物じゃないよ」
「なんでも売ってますもんね、ネットって」
納得しながら頷いてたら、先輩は近くの壁を指差した。
「それよりも私はあのドライハーブが気になる」
「え? あれ、何か変ですか?」
壁に小洒落たフックがあって、そこに草束を吊るして干してある。
「私も詳しくないのだが、ちょっと見かけない種類のハーブだぞ」
「僕にはただの雑草に見えます」
素直に見たままを言ったら、先輩が苦笑する。
「ああ、興味がないとドライハーブはそう見えるかもな」
「先輩って物知りですね」
僕が褒めると先輩はちょっと居心地悪そうに身をよじる。
「分からないと言っただけで、物知りと褒められるのはむず痒いな」
「だって僕、校庭の雑草と見分けつかないですから」
他にも棚の上には水晶玉とか、よくわからない鉱石が並ぶ。
動物の骨みたいなのもあって、いかがわしい事この上ない。
理科の実験で使いそうな瓶もいっぱいあった。
どれもが怪しい色の液体で満たされ、何語とも判別できないラベルが貼られている。
「これ、中に何が入ってるんでしょうね?」
「ポチ、人様の部室だ。あまり物色するような真似は感心しない——」
僕をたしなめる言葉の途中で、先輩は急に絶句した。
目を丸く見開いて、棚の一点を凝視している。
いったい何を見つけたのかと視線を追えば、そこには香水でも入れるような小瓶があった。
その小瓶にもラベルが張ってあり、よく見れば——。
「大変だ、ポチ。媚薬がある!」
先輩はなぜか嬉しそうに大声をあげる。
まあ、はっきり漢字で《媚薬》と書かれているから、僕にも分かる。
彼女は椅子から立ち上がり、フラフラと棚の方へ吸い寄せられていく。
迷うことなく小瓶を手に取ると、勢いよく僕の顔の前に持ってきた。
「ポチ、これ、媚薬! すごい!」
満面の笑顔でそう言った。
嬉しさのあまり、言葉から助詞が抜け落ちてる。
「どうしよう? 媚薬だ。なあポチ、どうしよう?」
「先輩、分かりましたから落っことす前に、棚へ戻しましょうね。……なんでそんなに楽しそうなんです?」
あまりに興奮してるので疑問に思って聞いて見たら、案外とシンプルな答えが返ってきた。
「だって、こんなのマンガでしか見た事ない!」
その媚薬がいま目の前にあるのだ。
うさんくさすぎて楽しい。
そんな趣旨の言葉を興奮した口調で呟いている。
「さすがオカルト研究会だ。こういう分かりやすいのを期待してた」
小瓶を棚に戻した後も、嬉しそうにして見つめている。
まあ先輩が楽しいのなら、それでいいんですけどね。
「いいなぁ、媚薬。持ってるだけで遊べそうだ」
謳うような口調で呟いてから、クルッと僕の方へ向き直る。
「なあ、ポチ。あれ、会長へのお土産にしたいんだが、どう思う?」
どう思うって聞かれてもな。
怒られるからやめとけ、としか言えない。