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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第1章 全知全能の神に導かれて僕らは出会った
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1-5 ラブレターには気持ちを込めて

 とは言え、僕にはアリバイがあった。何しろ先週の月曜日は停学中だったのだ。


 この話をしたら、沙織さんには不良を見るような怯えた顔をされてしまい、隣に座る先輩は苦虫を噛みつぶしたような表情になってしまった。


「で、沙織さんは犯人に心当たりがありませんか? 誰かの恨みを買った覚えは?」


 慣れない探偵役に戸惑いながら、一つずつ確認をしていく事にした。


 下着ドロの容疑は晴れても、僕が役に立つ事を証明しないと、のぞき魔として職員室に突き出されてしまうからね。


「……あの、あたし鈍いから、いつの間にかそういう事もあったかもしれないけど、分かっている限りではさっぱりです」


「沙織は他人に恨まれるような奴じゃないよ」


 先輩がしみじみとした様子で語る。


「性格が陰湿だから人を恨む事はあっても、恨まれる事は無いと思う」

「えへへ」


 それを聞いた沙織さんが照れたように笑っているけれど、この人はそれでいいのか?


「犯人が男子生徒なら、沙織さんを好きだって可能性もありますよね?」


 当然の事を言ったつもりだったのだが、そこに先輩から《待った》が入った。


「ポチ、それはおかしくないか? なぜ沙織が好きならブラジャーを盗むんだ? 話の因果が分からん。いまの話は理論が飛躍していないか?」

「先輩、横から口を挟むのはいいのですが、今そこから説明する必要があるんですか?」


 視線を向けると、彼女は豊かな胸の下で腕組みをする。


「ん、私だって男性が女物の下着に興味を持つ事くらいは知っている。だが好きな女性の下着を盗んでしまったら、相手から嫌われる一方じゃないか。むしろ犯人は沙織に興味がない人物ではないのか?」


「いや待ってくださいよ。そこら辺の誰とも分からない下着なんか手に入れても、嬉しくもなんともないでしょ?」

「そんな事に同意を求められてもな。私は自分の下着を盗む男なんか好きにならないぞ」


「あのね、先輩の好みはどうでもいいから。そこ掘り下げると話が進まないんで《とにかく男は好きな女性の下着が欲しくてたまらない』 これ、前提にしてください」

「ふむ、そういうものなのか?」


 彼女は納得しかねる顔で黙り込んだが、すぐにポンと手を打って、


「と言う事は逆もありうるワケか? つまり女性が下着をあげたら、もらった男性はその相手に好意を——」

「だから話を混ぜ返さないで!」


 一向に進まない話に業を煮やして強く言うと、彼女はシュンとして身を縮める。


「……す、すまん」


 きつく言い過ぎたかな、とは思うけど、こっちだって覗き魔の汚名を着せられる瀬戸際なのだ。


「そりゃね、健全な男子は女性の下着が大好きってのは認めますけど、とりあえずこの方向で容疑者の絞り込みをしてみます」


 先輩へ向けて大ざっぱなフォローをしてから、改めて沙織さんの方へ向き直る。


「それで、沙織さんにはお付き合いをしている男性はいるのでしょうか?」

「ないない」


 なぜか横に座る先輩が即答するが、沙織さんはアゴに手を当てて考え込むような仕草になる。


「……そう言えばブラジャーを盗まれたのは、男の人からラブレターをもらった直後でした」

「何だと? 初耳だぞ? どこの誰だ?」


 思わず、と言った感じで先輩が身を乗り出した。上品そうな見た目なのに案外と俗っぽい人だな。


「三年の池目先輩って人から……」

「それでどうした? 付き合ったのか?」


 先輩の野次馬根性を丸出しにした質問に、沙織さんは恥ずかしそうに首を横へ振った。


「……あんなカッコいい人が、本当にあたしを好きなワケがないから」


 つまり大変に好印象だったが断ったって事なのか?

 よく分からんが、気後れしたって理解でいいのだろうか?


「その人って、どんな人でした?」

「顔がすごくいい人でした」


 即答してくれるのはいいんだけど、潤んだ瞳になって息を荒げているのが少し怖い。


「そうじゃなくて、変な所は無かったんですか?」

「とにかく大変に顔がよかったので、他の事はあんまり……。あっ、そう言えば思い出しました。これは参考になるでしょうか?」


 沙織さんはそう言って、潤んだままの瞳をクリッと僕に向けた。


「ラブレターをもらった時、彼の顔があまりにも良かったので私はずっと顔を凝視していたのです。でも、あたしのような者が、あんなにいい顔をずっと見ていられるなんて不思議でした。それでよく考えてみたら、あたしは彼と一度も目を合わせていないんですよ」


「沙織さんを見ていなかった?」

「いえ、池目先輩は、ずっとあたしの胸ばかり見ていたので」


「それ、かなり重要情報です」

「でも、あんなに顔のいい人が、あたしの下着なんか盗むのでしょうか?」


 ものすごく真剣な顔で語っているが、じゃあ、さっき僕が疑われたのは顔が悪いからなのか?


「それと、これが池目先輩からもらった手紙です」


 ふと思い出したように、スカートのポケットから武骨な茶封筒を取り出した。


「読んでいただければ、何かの手がかりになるかもしれません」

「それ、いつも持ち歩いているんですか?」


 なぜ当たり前にポケットからラブレターが出てくるのだろう?


 他人のラブレターを読むなんて感心できる行為じゃないけど、せっかくの手がかりだ。


「じゃあ、失礼して」


 手渡してもらった封筒には便箋ではなく、ノートを引きちぎった紙が入っていた。

 広げてみれば書きなぐったような文字で、びっしりと文章が書かれている。


「どれ、私にも読ませてくれ」


 僕の横から、身を乗り出すようにして先輩ものぞき込んでくる。

 ざっと内容を一瞥したが、どうコメントしていいのか分からない代物だった。


「……これ、本当にラブレターなんですか?」

「君の疑問はもっともだが、とりあえず思いの丈を書いた文章と思って間違いあるまい」


 その紙には沙織さんへの思い、と言うよりも沙織さんの着けているブラジャーへの思いが、これでもかとばかりに連綿と綴られていた。


 沙織さんのブラジャーがいかに素敵なのか。その美しさや神秘性が、思いつく限りの表現で何度も繰り返し語られている。


 そして、そのブラジャーを着けている沙織さんこそ、自分が付き合うにふさわしい人物だと締めくくられていた。


「……あまり参考にならなかったかもしれませんが」


 申し訳なさそうに沙織さんは言うが、《参考になる》なんてレベルじゃない内容だ。

「間違いなく、この池目って人が犯人です!」


 僕は確信を持って言い切ったが、沙織さんは納得しかねるように首を傾げる。


「それはどうでしょう? 池目先輩は本当に顔がいいんですよ。ポチくんは何か勘違いをしていませんか?」

「下着ドロに顔は関係ないと思いますが?」


 当たり前のことを言ったつもりなのに、沙織さんは激昂した。


「ポチくんは見た事がないから、そう言うんです! 人間性に顔は関係ないかもしれませんが、顔のいい人が犯罪をするワケがありません!」


 この人はどんだけ顔のいい人が好きなのだろう?


 助け船を求めて先輩の方を見ると、彼女は頷いてから、よいしょと立ち上がった。


「ここで話していてもラチが開かんな。確かめに行こう」


 そう言ってから、気だるそうに髪をかき上げた。。


「ちょうど私たちのクラスは体育の授業中だ。池目先輩が犯人ならきっと更衣室に現れる」

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