6-4 いつもポケットにクッキーを
「えーと、指輪を買った人の中には、効果が無かった人もいるんですよね?」
僕が聞くと会長は嬉しそうな顔になる。
「ん、いい質問だ。クッキーあげるよ」
立ち上がってスカートのポケットから、本当にクッキーを取り出し投げてよこす。
むき出しのクッキーだったのであまり嬉しくないが、茶菓子がわりに貰っておく。
「あの指輪、彼女持ちが相手だとあんまり効果がないの。それに校外の、例えばバイト先の店長とかが相手で効果があった例は一つもないね」
「それはバイト先の店長が常識人だっただけの気もします」
店長ってことは、それなりに僕らとは年が離れてるハズだ。
妻子持ちも多いだろうし、女子高生と付き合うのは避けたいのでは?
「アハハ、ポチくんの視点はいいね。こっちの汚れた心が洗われるようだ」
またクッキーが飛んでた。
会長は楽しそうに笑っているが、ちっとも褒められてる感じがしない。
「ホントに効くかなんて、どうでもいいのよ。みんなが《効果がある》と信じてるのが問題でね。お金がないのに欲しいからって、パパ活でもされたら困るじゃん?」
そう言ってから椅子に深く座り直し、頬杖をついて軽くため息。
「つまり、オカルト研究会はこの先、絶対にトラブルを起こすと?」
「うん。絶対にあいつは道を踏み外してる」
確信を持った口調で彼女は言った。
とりあえず、もう一度指輪を確認しようとして先輩を振り返ったら、大真面目な顔で右手の指に嵌めようとしているところだった。
「待って先輩、そんな怪しげなもの嵌めちゃダメでしょ!」
僕が先輩から力任せに指輪を取り上げると、彼女は慌てた顔で言い訳をする。
「い、いや、これは効果を確かめようとしたとかではなく、なんとなく弄んでいたら魔が差したと言うか、そう言う事ってあるだろう?」
僕らの様子に、会長が苦笑しながら肩をすくめた。
「……とりあえず、それ、ポチくんが預かっててよ」
□
「男ですかね」
先輩と二人でオカルト研究会へ出向く道すがらに、今回の動機を予想して見る。
急に大金が必要になる状況なんていくらでも考えられるけど。
おとなしくて真面目な女性が、と聞くと誰かに騙されている可能性がまず思い浮かぶ。
「ありがちな予想だが、可能性は高いな」
「会長案件て、そんな話ばっかですもんねぇ」
愚痴っぽく言ったら、先輩も苦笑しながら頷いた。
「何かに貢いでいるのは確実だな。その方向で探って見るか」
オカルト研究会の扉をノックをする直前に、ふと気がついた。
「あ、一つ大事な質問を忘れてました。会長はオカ研の部長に嫌われた、と言っていましたが、あれ、どんな理由なんでしょう?」
彼女はノックの手を止めたまま、少し考える。
「私も知らんな。まあ必要な情報なら、この中にいる本人に聞けばいい」
言い終わってから先輩は肩を揺らしてクスッと笑う。
「君の質問の仕方は適当すぎるんだ。なんでいつも『二つあります』って、——まあ、いま言っても仕方ないな」
そう言って彼女は目の前の扉をノックした。
□
「こんにちは、茶道部です」
すぐに出てきた不機嫌そうなロングヘアーの女性にそう告げる。
本当は客のフリをしようかと思ってたけど、うっかりお茶セットを持ってきてしまった。
とてもオカルトグッズを買いに来た客には見えない。
まあ、茶道部なのは嘘じゃないから、正直に名乗ることにする。
茶道部ならお茶セットを持っていてもおかしくない。
不審な所はないハズだ。
なのに目の前の女性は黙ったまま、メガネの奥から真っ黒い瞳で僕を見上げている。
さすがに訪問の目的くらい言わないと、中へは入れてもらえなさそうだ。
「部長さんはいらっしゃいますか?」
「……あたしだけど、何?」
胸の前で腕を組んで、訝しげな顔と声。
なぜか、すごく警戒されている気がする。
ここは、いい感じの挨拶でフレンドリーを強調したい。
怪しまれないように笑顔を作って、左右大きく両手を広げる。
「えーと、今から僕とお茶、飲みませんか?」
……うん。僕、不審者だな。
距離を近付けるハズの挨拶だったのに、彼女は一歩後ろに下がってしまった。
怯えた顔で左右を素早く見渡したのは、誰かに助けを求めているのかな。
あいにく、この廊下には僕らしかいないけど。
「ポチ、今の挨拶は酷すぎるぞ」
僕の後ろにぴったり隠れていた先輩が顔を出す。
そしたら、オカ研の部長は突然がっくりと肩を落として長いため息をついた。
「とうとう、うちにも犬が来たか」
誰に言うでもない独り言を呟くように漏らす。
なんの話だ?