6-3 恋愛成就のお守り
「恋愛成就の指輪、ですか?」
会長がテーブルの上に置いた指輪を見ながら確認のために質問する。
それは指輪と言うより、その辺のパイプを切った時の余りにも見える無骨さだった。
いちおう面取りしてあるから、身に付けても怪我はしないんだろうけど。
「私にはアルミパイプを切っただけに見える」
先輩が見たままを率直に言うと、会長も笑顔で頷いた。
「そうだよね。少しは彫金とかすればいいのに」
「子供向けのオモチャの方が、まだマシな作りをしてます」
先輩の言葉に、肩をすくめて会長が笑う。
「アハハ、確かにそうだ」
オモチャの指輪って何だろう? 世の中にはそういうものがあるのか?
魔法少女とかが身につけるアイテムなんだろうか。
間違ってそうな気もするから、余計な口は挟まないでおく。
「それ、オカルト研究会が売ってるんだけどさ」
「ああ、恋愛成就ってそういう事ですか。お守りみたいなものですね」
それにしても安っぽい、と言いながら先輩が頷く。
「指輪以外にも、恋愛成就ブレスレットやイヤーカフもあるよ。全部アルミで作ってるけど」
苦笑しながら会長が言う。
イヤーカフが何なのか分からないが、たぶんアクセサリーの一種なのだろう。
「えーと、オカルト研究会が校内で商売していたのがマズイって話ですか?」
僕が安直な予想を口にすると、会長は横に首を振る。
「いやいや、オカ研は前からお守りは売ってたからね。そんなのに、いちいち目くじら立ててたらキリないよ」
まあ、そうだろう。
漫研は同人誌を売ってるし、軽音だってライブチケットを売っている。
大っぴらにしない限り、それが問題になったって話は聞いたことがない。
何気なくテーブルのリングを手に取ってみる。
見た目通りの安っぽい手触りで、思ったよりも軽い。
ちょっと力を入れれば簡単に歪みそうな感じだった。
「じゃあ、これの何が問題なんです?」
「それ、一個10万するんだ」
会長は僕が手にしたリングを指差して、あっさりと言う。
「……え?」
自分の手元に視線を落とす。
どう見たってアルミパイプにしか見えないコレが10万円?
あまりのボッタクリ価格に唖然として顔をあげると、会長がにこやかな顔で教えてくれる。
「先回りして言うけど、素材の仕入先はホームセンターだよ。ま、オカルトグッズだから、仕入れ値より付加価値の方が重要でね」
そう言えば《恋愛成就の指輪》だっけな。
「これ、効き目あるんですか?」
「さて、そこだ」
まさかと思って聞いて見たら、会長はニヤッと笑って僕を見る。
「けっこう効果があるらしい」
そんなバカな。
ただのアルミバイプだぞ。
あまりにも信じられない話だからなのか、先輩も興味深げに僕の手を覗き込んでいる。
「オカ研の部長はあたしの友人でね。夏休み終わってから急に様子がおかしくなっちゃって。真面目でおとなしくて、こんなボッタクリ商売するような子じゃなかったのよ。説得しようにも、あたし嫌われちゃったみたいでダメなんだ」
そこで大きくため息をついた。
肩をすくめて会長は言う。
「あいつがなんでこんな事を始めたのか理由が知りたいの」
琥珀の瞳がまっすぐに僕を見つめている。
「これは生徒会執行部とは無関係な、あたし個人のお願いよ」
□
「……えーと、確認したいことが二つあります」
片手で人差し指と中指の間にリングを挟んで二本指を立てて見せる。
器用だな、と先輩が感心してくれるけど、今は会長から話を聞きたい。
「これの購入と恋愛成就が、ただの偶然でない可能性はどれくらいありますか?」
机に頬杖をついた会長は、僕の質問に笑顔で頷く。
「ん、もう一つは?」
……まとめて答える、と言うことなのかな。
促されるままに、もう一つの疑問も口にする。
「誰かが嘘を言っている可能性は?」
「両方とも、もっともな疑問だ」
満足そうに会長は頷く。
「今の執行部は優秀だね。ちょっと頼んだだけで、あっと言う間に事実確認をしてくれたよ」
「大半が会長の時代からのスライドです」
楽しげに言う会長に、先輩が大真面目な顔で答えている。
「結論を言えば、購入者のほとんどが《お付き合い》に成功している。けっこうな人数だから、全員が嘘を言っているとは考えにくいね」
なるほど。簡単な聞き取り調査はもう済んでいるのか。
相変わらず用意周到な人だな。
「この指輪を付けただけで好きな男が告白してきたケースも多い。びっくりだよね」
大げさに両手をあげてみせて、ケラケラと笑う。
基本、オカルトを信じてない人らしい。
一方で隣に座る先輩は、僕らの会話に混ざる気がないのか。
僕の手から指輪をつまんで取り上げ、不思議そうな顔で眺めている。
この際、先輩は無視して話を進める。
「えーと、好きな男から、と言いましたよね?」
「その指輪、女性サイズしかないから、男性は使えないんだよ」
そうか。指輪にはサイズなんてあるのか。
知らなかった。覚えておこう。
「無理やり付けた男性はいないんですか?」
「安いアルミだからさ。無理するとすぐ壊れちゃうんだ」
指輪で遊んでいても、先輩はちゃんと話を聞いていたようだ。
ふと気がついたように口を挟む。
「しかし会長。イヤーカフはどうなんです? あれは男女のサイズがないと思うのだが」
「イヤーカフは20万なんだ。高すぎて購入した人を確認できなかった」
ちなみにブレスレットは30万さっ、と会長は付け加えて笑う。




