6-1 セクシーショット!
ここんとこ、先輩の機嫌がよい。
彼女は目の前で静かにお茶を飲み、気だるそうに髪をかき上げている。
それだけ見るといつもと変わらないのだが、なんとなく威圧感が少ない。
もうすっかり冬っぽくなってきたけど、この部屋は暖房が効いて暖かいし、先輩は美人だ。
楽しいな。
うん、なんか楽しい。
遠くからクリスマスソングが聞こえてくる。
「軽音部、ですかね?」
何となく口にしてみた言葉に、先輩が頷いて微笑む。
「君はセクシーな写真に興味はあるか?」
……話が全く繋がってないのですが。
いま、そんな話してなかったよね?
「……何の話でしょう?」
とりあえず話をあわせて見ると、先輩は気だるそうに髪をかき上げながら蠱惑的に笑う。
「私のセクシーショットが欲しいか、と聞いているのだが?」
いやまあ、さすがに驚きませんよ。
パンツとか、その先とか、先輩はそんなのばっかりだし。
また何か頼み事があるのは分かるんだけどさ。
最初の頃は素直に《頼みがある》とか《話を聞いてくれ》と言っていたのに。
ご褒美も先輩のお弁当だったりしたんだけどな。
気がつけばやたら唐突で回りくどくなってる。
「そういう名前の犬はいりません」
いちおう釘を刺すと、先輩は口元を手で隠すようにして、楽しそうにクスクス笑った。
「君は想像力豊かだな。どこに《私のセクシーショット》なんて名前の犬がいると思うんだい?」
そんなの先輩がでっち上げるんだから考えたって意味ないじゃん。
憮然とした態度を見せたら、先輩が膝立ちになってポンと僕の頭を軽く叩く。
「そんな顔をするな。心配しなくても……いや、その顔もやめて欲しい」
……ビックリしたぁ。
いきなり触ってくるとは思わなかった。
油断してたから、心臓がバクバク言ってるよ。
目を見開いたまま強張ってしまった顔を掌でこすり、すこし気持ちを落ち着けてから先輩に向き直る。
「えーと、この顔でいいですか?」
「うん、ポチの顔なら文句はないよ」
たったいま文句を言ったばかりの口で、臆面もなく照れるような言葉を言う。
「大丈夫だ。きっと君が欲しい《私のセクシーショット》だ。ちゃんとあげるから期待していい」
湯呑みに手を伸ばしながら、柔らかい笑顔で僕の顔を覗き込む。
「それ、先輩が自分の写真をくれるって話なんですよね?」
恐る恐る聞いてみると、先輩は虚を突かれたような顔になる。
「……ああ、私は顔や体にあまり自信がないんだ。過激なモノを期待されても困るぞ」
いや、そんなの期待してませんがね。
よく分からんが、わざわざ断る話でもなさそうだ。
「面倒くさい頼みごとがあるんですよね?」
言外に《引き受ける》と含ませて確認をすると、先輩は胸の下で腕組みをして渋い顔をする。
「うむ、いわゆる会長案件でな」
……安請け合いだったかなぁ。
□
僕らが《会長案件》と呼ぶのは、前の生徒会長が持ってくる面倒事の総称だ。
けっこうやばい話が多く、あまり関わりたくないのが正直な本音だ。
中には《犯罪スレスレのライン》を遥かに超えていたケースもあったし、組織的な不正や悪意のある行為が多いから、荒事に発展しやすい。
会長案件と聞いて僕はすごく嫌な顔をしたのだろう。
先輩が慌ててフォローを入れる。
「まあ、あの人ももう生徒会長じゃないから、そこまで大変な話じゃない」
自信たっぷりに言い切ったあと、
「……といいのだが」
ため息交じりの声で呟く様に付け加えた。
「どんな話なのか聞いてないんですか?」
先に内容だけでも知っていれば心構えができると思ったのだが、先輩も事前情報は全くないらしい。
肩をすくめて首を振るだけだった。
「あの人からは『二人揃ってから話す』と言われたよ」
「まあ、同じ話を二度したがる人でもないですね」
苦笑しながら相槌を打てば、彼女は畳に手をついて立ち上がる。
気だるい仕草で髪を搔きあげ、僕も立ち上がるように手で促す。
「推薦で受験が終わったら、さっそくだ。気を引き締めていくぞ」
□
お茶セットを用意してから二人で一緒に生徒会室へ向かう。
なんだか妙に早足なので、隣を歩きながら顔色を伺う。
「……先輩、もしかして緊張してます?」
「まあ、少しな。あの人と会うときはいつもそうだ」
ちょっと意外な事を言う。
前の生徒会長とは仲よさそうに見えていたし、そもそも先輩は緊張するのすら面倒くさがる人だと思っていた。
「君だって、私に呼び出されれば構えるだろ? そう言う事だ」
考えが顔に出ていたのだろう。
憮然とした表情で先輩が付け加えた。
生徒会室の前まで来たら、珍しく先輩が入口のドアをノックした。
少しドアを開けて中に向かって声をかける。
「会長、ポチを連れてきました」
すぐに中から返事がくる。
「ん、人払いは済んでるよ」
その声に促されて入室すると、生徒会長の席に小柄な女性が座っていた。
彼女がこっちを振り向くと、栗色のゆるいウェーブが掛かった髪が揺れる。
「やあ、久しぶり。……と言うほどでもないかな?」
生徒会長の席に座ったまま、僕らと目を合わせてニカッと笑う。




