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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第5章 遥かなるアトランティス
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5-10 本物の愛を持つ男

 僕が生徒会室を訪ねたのは、その日の放課後だった。


 ノックもなしにドアを開けると、先輩がものすごい勢いで机の下に隠れるのが見えた。


「……何してるんですか、先輩?」

「あ、いや、机の下に消しゴムを落としてしまってな」


 バツの悪そうな言いワケをしながら、先輩がヒョッコリと机の下から顔を出す。

 彼女は床から立ち上がると、いつもの様に長い髪を気だるそうにかき上げた。


「何の用だね、ポチ」


 平静を装って自分の椅子に腰を下すが、その手に消しゴムは持っていなかった。

 机の上にも書き物をしていた様子がないし、どうにも挙動不審な感じがする。


「えーと、先輩が和室に来ないって言うから、僕がこっちへ来ました」


 微笑みを作ってそう告げると、驚いた様に目を丸くした。


「そ、そうか、うん。まあ、そこに座りたまえ。あと、ここへ入る時はノックをしてくれ」


 なぜ先輩がそこまで動揺しているのか分からないが、言われた通り彼女の対面にある椅子に腰を下ろす。


「今回は本当にすまなかった。私のわがままで君を振り回してしまった。感情的になってしまい、君を傷つけてしまった事を申し訳なく思っている」


 彼女がクドクド言っている間に、僕は手早く和室から持参したお茶を用意する。

 さっきから先輩の態度がおかしいのは、そのせいなのかな?


 まあ手駒として使っている後輩に頭を下げるのは、それなりに勇気がいるんだろうけど。


「粗茶でございます」


 とん、と先輩の前に湯飲みを置くと、


「……君はまだ私のためにお茶を淹れてくれるんだな」


 彼女は、ちょっとだけ嬉しそうに微笑んだ。


「なあ、聞きたいんだが。君は梶崎を相手にみゆきを賭けたよな? もし、屋上で君が負けていたら、どうするつもりだったんだ?」

「ああ、それ、簡単な話ですよ」

「ほう、さらに秘策があったのか?」


 興味深げに身を乗り出してきたけれど、そんな大した話じゃない。


「僕は『負けた方が身を引く』としか言ってません。あれは勝って何かを得られる勝負じゃなかったんですよ」

「詐欺みたいな話だな。そんな詭弁で梶崎が納得してくれるのが前提だったのか?」


「そこはまあ、いざとなれば先輩が何とかしてくれると信じてましたから。証拠さえなければなんとでもなるって言ってたじゃないですか」

「ずいぶんと頼もしい後輩だよ」


 苦笑しながら先輩は湯飲みを口元へ持っていき、茶を冷ますように吹いている。

 あまり上品な仕草じゃないが、彼女はけっこう猫舌なのだ。


「君は本当に私を迷惑に思っていないのか?」


 両手で大事そうに湯飲みを抱えながら、先輩はそんな事を言い出した。


「私のせいでクラスに友人を作ることができなかったんだ。恨まれていたって文句はないぞ。言いたい事があるのなら、いくらでも聞こう」


 手の中の湯飲みに視線を落とし、彼女は俯いたまま毅然とした声を出す。


 先輩は何か勘違いしてないかなぁ。

 別に文句を言いに来たワケじゃないのに。


「言いたい事は二つあります」


 自分用の湯飲みを手にしながら言うと、先輩は大真面目な顔で頷いている。


「まず一つ。僕のブレザーを返して下さい。みゆきさんから預かっていますよね?」

「ああ、すまない。うっかりしていたよ」


 先輩はハタと気がついたように言い、机の下から僕のブレザーを取り出した。

 僕に手渡す直前に少し名残惜しそうな顔をしたけれど、これ、あんたのじゃねえから。


「結局、あれで梶崎の話は終わったんですか?」


 返してもらったブレザーに袖を通すと、少しだけ彼女の匂いがした。


「……それがな」


 言いにくそうな顔をして、先輩は話をしてくれた。


「さっき執行部の連中に少し調べてもらったんだが、そもそも梶崎はみゆきの写真を持て余していたらしいんだよ」

「……はい?」


「みゆきに振られて、梶崎の手元に写真とメールが残された。持っていても未練が募るばかりで、その処分に困っていた、と言うわけだ」

「そんなの消去しちゃえばいいんじゃない? 難しい操作があるわけじゃないんだし」


「ポチ、君は感情の問題を無視している。彼は今でもみゆきを愛しているんだよ。だから写真を消してしまうのは辛すぎて、とてもできなかったんだ」

「まあ、その気持ちは分からなくもないですが……」


 僕が言うと、先輩は『さすが本物の愛を持つ男だな』としたり顔で呟く。


「梶崎がさんざん悩んだ末に出した結論は、《みゆきが写っている写真は、みゆきの物だ》という理屈だ」

「……えーと、カエサルのものはカエサルに」


 聖書の有名な故事を持ち出すと、彼女は満足そうに頷いた。


「まあ、そんなトコだ。それがみゆきの物なら、全部みゆきに返せばいい。梶崎はそう考えてメールを送った。——と、ここまでが執行部の聞き取り調査の結果だ。この先の話は私の推測混じりになるのだが……」


 先輩はそこで一旦、大きく息をついてから、


「梶崎は間違いなくみゆきに写真を送ったハズなのに、なぜか自分のスマホに画像が残っているんだよ」


 大真面目な顔で言うもんだから、しばらく意味が分からなかった。


「……え? もしかして梶崎は、添付ファイルを送信したら手元のデーターが無くなると思っていたの? 手紙じゃないんだから、手元から無くなるわけないじゃん?」


 まさかと思って聞いたのに、先輩は苦笑しながら頷く。


「ファックスが普及しだした頃には、そういう誤解をする人もいたと聞くな。おそらく《電送》と言う単語を、SFに出てくる物質転送機みたいに捉えているのだろう。ある意味では想像力豊かだよ。さすがアトランティス戦士と言うべきか」


「だから何度も、みゆきさんに同じ内容のメールを送り続けていたの?」

「うん、彼は《なぜか写真が送れない》と認識していたから間違いないな」


「それ、おかしいですよ。普通に文章メールを送っても送信ボックスに残りますよね?」

「私たちの想像以上に思い込みが激しくて視野の狭い人間なんだよ。そこら辺が梶崎の脳内でどんな感じに処理されているのか知らんが、嫌がらせの意図は無かったようだ。むしろ、あんな写真を撮った事を後悔していたよ」


「……直接、みゆきさんに写真を返したいと言えばよかったのに」


 当たり前の事を言ったハズだったが、先輩は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。


「別れるとき、みゆきは『二度と顔を見たくないし、口も聞きたくない』と本人にハッキリと言ったんだ。それを守って梶崎は、みゆきとの接触を避けていたらしい。今回の件でメールを使ったのも、会話形式にならず投げっ放しができるからみたいなんだよ」


 言われてお昼休みの記憶を手繰ってみると、梶崎がみゆきさんと直接に会話をしていた記憶は確かにない。


「あんがいと誠実、って言っていいのかな? えーと、気真面目な男なんですね」


「アンジェリカという名は《天使のような》とか、そんな意味だしな。みゆきを大切に思ってはいたようだよ」

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