5-9 ステータスオープン!
中庭ではさすがに目立ちすぎるから、僕らは揃って屋上へ移動した。
もちろん普段は生徒の立ち入りが禁止されているけど、先輩が持っている例の《秘密の鍵》で、たやすく侵入に成功した。
屋上は抜けるような青空の下で、午後の生暖かい風が吹いている。
「うん、やっぱり決闘は屋上だよね」
体育館裏でもいいのだが、あっちは告白スポットのイメージだ。
「案外とロマンチストなんだな」
梶崎から掛けられた言葉はちょっと意外な感じがして、思わず口元が緩んでしまう。
「確認するけど、この勝負に負けた方が彼女から手を引く。それで文句はないよね?」
僕が念を押して確認すると、彼は黙って頷いた。
「なあ、ポチ。これじゃあ、みゆきが景品みたいじゃないか? みゆきの気持ちはどうなる? こんな決着の付け方では、みゆきが納得できないだろ?」
うろたえるような顔で先輩が喋っているが、当のみゆきさんは平然とした顔で、
「あ、じゃあ勝った方には副賞として、こいつも付けてあげるから」
先輩の腕を掴んで、話がややこしくなる提案をしてくれた。
「な、何を言っているんだ、みゆき?」
「いいじゃん。どうせ、あんた今フリーでしょ?」
二人の会話に、梶崎も困惑しているのが分かる。
「いいよね、ポチくん?」
みゆきさんが僕に確認してくるが、話の成り行きを考えたら、ここは頷くしかない。
「別に問題ないですよ」
「見損なったぞ、ポチ! 君がそんな奴だとは思わなかった!」
悲鳴じみた先輩の声は、迫真過ぎて怖いくらいだ。
そんな間にも梶崎の視線が舐めるように先輩の胸→顔→胸と移動して、スケベそうな笑みを堪えているのに気がついた。
……こいつ、何考えてやがるんだ。
「さて、そろそろ初めようか、ユリウス」
梶崎にそう告げると、僕は着ていたブレザーを脱いで、無造作にみゆきさんへ投げ渡す。
えーと、彼女の前世名は《アンジェリカ》だったから——。
「アンジー、すぐに終わるから、それ持ってろ」
僕の馴れ馴れしい態度が、彼のプライドを刺激したのだろう。
「バカにするなよ、ゲオルギウス」
僕への対抗意識をむき出しにしてブレザーを脱ぐと、すぐにみゆきさんへ投げる。
「アンジー、…………ふっ、匂いは嗅ぐなよ?」
さっそく愛称を真似したのはいいが、カッコいいセリフが思いつかなかったらしい。
——こいつって本当にバカだよな。
「行くぞ、ゲオルギウス! 俺の愛を受けてみろ!」
呆れている僕に向かって彼は走り、大振りのパンチを放ってきた。
「くらえ必殺、アクエリアス・スプラッシュ!」
□
決闘は終わった。
屋上の床に倒れた僕の隣で、梶崎が大の字になって伸びている。
お互いに決め手がないまま、体力切れでダブルノックアウトになってしまったのだ。
なにしろケンカではなく、アトランティス戦士の決闘である。
こういうのはノリが大事だ。
恥や衒いを捨てて、ノリノリでアトランティス戦士になり切った方が勝つ。
そういう勝負だったのだ。
ちゃんと詳細な設定を聞いておくべきだったなぁ。
せめて異世界転生だったら、まだよかったのに……。
校舎の屋上で大真面目に「ステータスオープン!」と叫んでいる自分を想像すると、ちょっと笑える。
うん、一回ぐらいやってみたいかも。
——ああ、疲れた。
床に手を突いて半身を起こすと、まだ伸びている梶崎と目が合った。
「……いいパンチだったぜ、ゲオルギウス」
彼は倒れたままの姿勢で、清々しい笑顔を見せる。
「まさかアクエリアス派の俺が愛の勝負で負けるとはな。お前の愛は本物だったよ」
えーと、これは彼が負けを認めたって事でしょうかね?
僕の返事を待たず、彼は半身を起こして右手を差し伸べた。
「お前になら、安心してアンジェリカを任せられる」
「ありがとう。分かってくれて嬉しいよ」
心地よい風に吹かれながら、僕らはガッチリと固い握手を交わした。
バックに夕日が無いのが残念なくらい、青春ぽいシーンだった。
傍目にも決着が付いたのが分かったのか、みゆきさんがやって来た。
「やあ、お疲れ〜」
気のない声を出しながら、梶崎にブレザーを返している。
彼はブレザーを受け取ると、すぐにポケットからスマホを取り出す。
「なあ、ゲオルギウス。お前に受け取って欲しいものがある。俺とアンジーの愛の記録だ。これを見て、俺がアンジーを愛したように、今度はお前が愛してやってくれ」
そう言いながらスマホをペタペタ操作していた梶崎は、すぐに驚きの悲鳴を上げた。
「なぜだ? アンジェリカの写真が全て消えている!」
そりゃそうだ。そのために梶崎と話を合わせて同調行動を誘い、ブレザーを脱がしたんだ。
こんだけ時間を稼いでデーターが消えてなかったら、僕の方がショックだよ。
彼は諦め悪く何度も操作を繰り返しては、
「動画もない。ああっ、メールも全て消えている!」
いちいち悲鳴を上げていたが、やがて手にしている端末から、みゆきさんに関する全ての情報が無くなっている事を理解すると、
「……そうか。あの写真たちは、俺たちの愛が終わった事を知って消えてしまったんだな」
納得したように呟いて、スマホをポケットにしまい、淋しそうに微笑んだ。
やがてゆっくりと立ち上がり、一筋の涙を流してから、
「俺たちの愛は終着駅に着いた!」
ひときわ大きな声で宣言した。
そしてまだ地面に倒れたままの僕を見下ろしながら、
「心無い噂を流してすまなかった。アンジェリカのために、君の噂は全て打ち消しておこう。必ず消すよ。約束する。アトランティスの栄光に誓う!」
その後でみゆきさんを振り返り、涙をぬぐって歩み寄る。
「アンジェリカ。俺の最愛の妹よ。どうか幸せになってくれ」
梶崎はそう言い残して、静かに屋上を後にした。
「……妹って何です?」
「そういう設定もあるんだよ」
隣にやって来た先輩が、淡々とした口調で説明してくれた。
「…………ダメでしょ、妹とあんな事しちゃ」
呆れながら立ち上がろうとしていたら、みゆきさんが僕らの前にやって来て、嬉しそうな顔で頭を下げた。
「すごいよ。ホントに解決した! ありがとう!」
「あ、ああ。うちのポチは優秀だからね」
先輩は自慢気な笑顔で豊かな胸を反り返らせた。