5-8 僕は面倒くさい女が大嫌い
「どういうつもりなのか、説明してもらおうじゃないか」
偉そうな態度で言う梶崎の隣で、先輩も『うんうん』と頷いている。
「てめえは昨日、この女と廊下で抱き合っていたクセに、みゆきまで口説くつもりなのか? 返事によっちゃタダじゃおかねえぞ!」
彼は周囲の注目も気に留めず、大声で僕に迫ってくる。
「……へえ、どうするって言うんですか?」
軽く睨みながら返事をすると、梶崎はそれに答えず不安そうな顔を見せる。
「ま、まさかマジでみゆきにホレてんじゃねえだろう?」
さっき会ったばかりなのに、そんなワケないだろ!
という心の突っ込みは無視して、
「もちろんホレてますよ。みゆきさんは魅力的な女性ですからね」
笑顔で言ったら、先輩とみゆきさんが顔を見合わせている。
……後で言いワケするのが大変になりそうだ。
一方の梶崎は、僕の言葉に激高しまくっていた。
「ああん? てめえは二股かけようとしているのを認めるんだな?」
「いやいや、僕は誠実な男ですから」
僕はゆっくりと首を横に振って梶川の言葉を否定し、右手で先輩を指さした。
「この女と付き合っていたのは、昨日までですよ」
「な、何だと?」
大声を出したのは、先輩本人だった。
「僕は面倒くさい女が大嫌いなんだ」
驚いている彼女に、冷笑と侮蔑を込めた声で告げたら、
「ポ、ポチ、それは本気で言っているのか?」
今にもすがりついてきそうな目で僕を見る。
……さすが先輩だ。
打ち合わせもしていないのに、僕の意図を察してくれたらしい。
目尻に涙まで浮かべているのだから、迫真の演技と言えるだろう。
「くそっ! こんな男のドコがいいんだ!」
空に向かって梶崎が吠えるように叫ぶと、
「んー、マッチョで男らしい所、かな?」
みゆきさんも空気を読んで適当な事を呟いてくれるから、僕は大変にありがたい。
「聞こえました? 僕の方が男らしくてカッコいい。それだけですよ」
わざとらしく肩をすくめて笑って見せたら、たちまち梶崎は激高した。
「ふざけんな! てめえのどこが男らしいんだ! 俺はみゆきと話すらできないのに、ズルいじゃねえか! てめえは、このブサイクなおっぱいオバケで我慢しろよ!」
……それは、もしかして先輩の事を言っているんですかね?
先輩は胸の事でからかわれたりするのをスゴく嫌がるんだぞ。
ふざけた事を言いやがって。先輩をバカにするなよ。
そう思った途端に、胸の奥から驚くほどの怒りが沸き上がってきた。
うん。こいつ、絶対泣かしてやる。もう敬語も使ってやらない。
だいたい、こいつは僕に文句を言うばかりで、ちっともみゆきさんの気持ちを聞こうとしないんだから、あんまりだろう。
ムカついたから、そばにいたみゆきさんをグッと引き寄せて強引に肩を抱いてみせる。
「ハハハ、見苦しいぜ梶崎。見て分かるだろ? 彼女は、もう僕にメロメロだ」
分かりやすく挑発的な態度を見せたら、梶崎は憤怒の表情で僕の胸ぐらを掴む。
「嘘をつくな! てめえみたいな薄っぺらい奴が、みゆきを愛せるハズがない!」
彼にとっては精一杯の脅しなんだろうが、こんなので僕が怯むとでも?
この半年、先輩と一緒にさまざまなトラブルに首を突っ込み続けた僕からすれば、この程度はよくある事だ。
「なんなら試してみるかい?」
掴まれた手を力任せで振りほどき、余裕たっぷりにニヤリと笑って見せた。
「……どういう意味だ?」
警戒するように僕から距離を取った梶崎が問い返してくる。
いいぞ、予定通りだ。
「ふっ、僕とお前の、どっちが彼女を深く愛しているのか。いまから拳で語り合おうと言っているんだよ! さあ、決闘の時間が来たんだ!」
右手の人さし指を梶崎へ突きつけ、左手を高々と天に掲げてビシッとカッコいいポーズを決めた。
「ポ、ポチィ?」
突然すぎる僕の言動に、先輩が素っ頓狂な声をあげる。
「バカを言うな! 俺のみゆきへの愛は試すまでもない!」
梶崎は見え見えの虚勢で胸を張るが、ここで逃がす気は毛頭ない。
「ほう、アトランティスの戦士が戦いから逃げるのか?」
僕の芝居がかったセリフに、たちまち彼の顔色が変わっていく。
「……な、なにぃ?」
戸惑う声を出す梶崎を見下すようにあざ笑う。
「それともアクエリアス派の腰抜けは、女ごときでは戦えないと言うのかい?」
そこまで言って、ようやく梶崎はハッとした表情になり、僕を指さして叫んだ。
「貴様、エターナル連合か!」
気がつくのが遅いよ!
お前が作った設定だろ!
と、突っ込みたいのを我慢して、腰に手を当てながら高らかに笑う。
「ハハハハハ、アトランティス以来だな、ユリウスよ!」
「おのれ、ゲオルギウスめ! 相変わらず卑怯な!」
……そうか。僕、前世はゲオルギウスって名前だったんだ?