5-6 何なら、あたしと付き合ってみる?
「迷惑だった?」
中庭のベンチに座った彼女が、屈託のない笑顔を僕に向ける。
「……まあ、わりと」
あのままじゃ犯罪者にされかねない所だったからフォローしてくれたのはありがたいが、もっと目立たない呼び出しかたは無かったのだろうか?
「ゴメンね。あたし、ポチくんの顔、知らなかったからさ」
彼女は楽しそうに笑っているが、僕はさっさと話を終わらせたい。
立ったまま彼女を正面から見下ろして、すぐに用件を確認する。
「僕に話って何ですか?」
「まあ、立ち話もなんだから」
笑いながら座っているベンチの隣をポンポンと叩いた。
繰り返すが、僕らがいる場所は中庭だ。
さすがに寒くなってきたから、ここでお昼を取る生徒はいない。
でも、この場所は校舎のどこからでも丸見えなのだ。
ここへ来るまでの道すがらでよく分かったのだが、彼女はすごく目立っていた。
今も四方の窓から、こっちを眺める顔が並んでいて、うっとうしい事この上ない。
もう一度、彼女の顔を見れば、ニッコリと笑ったまま黙りこくっている。
僕が隣に座らなければ、話を始める気は全くないようだった。
「えーと、これでいいですか?」
彼女の隣、五〇センチの所へ腰を下ろした。
それだけの事なのに周囲の視線が痛い。
ようやく彼女は満足そうに頷いて話を切り出す。
「落ち込んじゃって大変なんだよ」
誰が、とは言わなかったが、さすがに分かる。
「あいつとケンカでもしたの?」
彼女は腰を折って、下からのぞき込むように僕の顔を見る。
「そういうワケでもないんですけどね」
「仲直りできないって事?」
「えーと、僕と先輩は、別に付き合っているワケじゃないんですよ?」
「知ってるよ。その『えーと』って口癖なの?」
思わず口元を押えてしまう。確かに僕の口癖だ。
これは先輩から伝染された口癖で、しかも先輩自身にはそんな口癖はないという、よく分かんない伝染り方をしたものだ。
「ねえねえ、あいつのどこがいいの?」
黙り込んだ僕に、追い討ちをかけるような言い方をしてきた。
「やっぱ顔? それとも胸?」
質問の後半で彼女は自分の胸を押えるような仕草をするから、慌てて目をそらす。
あんな写真を見せられているから、つい色々と意識してしまう。
「あ、写真見たんだ?」
彼女は、すぐに僕が目をそらした意味に気がつき、苦笑していた。
「ごめんね、変なもの見せて」
あっけらかんとした調子で言うが、それに乗っかる勇気はない。
「よく見てませんから」
「やっぱ見たんだ?」
「……ごめんなさい」
縮こまるようにして謝ったら、彼女はケラケラ笑いながら僕の肩を叩く。
「いいって事よ。あたしが許可したんだもん。あたしガリガリだし、ポチくんの好みじゃないよね」
必ずしもそういうワケじゃないのだが、これは黙っていた方がよさそうだ。
「……あの、こんな話のために僕を?」
わざわざ写真の感想を聞きに来たわけでもないだろう。
彼女はコクリと頷き、話を仕切り直すように僕の方へ向き直った。
「昨日、あいつから聞いて初めて知ったんだけどさ。ポチくんが停学になったのって、あたしの別れ話がこじれたせいだよね?」
ごめんなさい、と彼女は頭を下げた。
「知ってたらもっと早くお詫びに来たんだけど」
「いえ、僕もその辺の詳細は、昨日初めて知りましたから」
どうでもいい話だと思っていただけに、真面目に謝られても困ってしまう。
「あれがキッカケで友達がいない生活なんでしょ?」
「まあ、そうですが。案外と不便はありませんよ」
「でも、そんなんじゃ彼女だって作れないじゃん?」
「まあ、そう……なのかな?」
「何なら、あたしと付き合ってみる?」
いきなり仰天するような提案をされた。
「何ですか、それ?」
「んー、ポチくんには悪い事をしたなって思うから」
軽い調子で屈託ない笑顔を見せる。
「あたし、友達多いし、こう見えてけっこう人望があるんだよ。クラスメイトからの誤解なんてすぐに解いてあげられるよ」
その言い様には思わず苦笑してしまうが、確かに彼女の言う通りだ。
さっきのクラスメイトの様子を見れば、彼女の友人というだけで近寄ってくる奴が出てきそうだ。
彼女と付き合えるのなら、スクールカーストの最底辺から一気に頂上へ辿り着ける。
それに彼女はとても気さくで付き合いやすそうだから、さぞかし楽しい学校生活が送れる事だろう。
「ま、そしたら梶崎の事は、ポチくんに何とかしてもらうけどね」
「ああ、なるほど。そういう取り引きなんですか?」
あまりにも都合のいい提案だったが、ちゃんと裏があったので安心した。
「やだなあ、メリットとデメリットの提示だよ」
笑いながら何度も肩の同じところを叩くもんだから、そろそろ痛くなってきた。
——彼女の提案は悪くない。
改めて彼女の顔を見てみるが、みんなが騒ぐだけあって確かに美人だ。
黙っていると冷たい感じがする先輩とは異なり、すごく柔らかい印象がある。
本人も言う通り、胸は無いけど無駄な肉も無くて、すっきりと引き締まった健康的な手足をしている。
うん、すごくいいな。
にっこりと笑顔を作って彼女に告げる。
「僕はあの人の胸とか顔じゃなくて、中身が大好きなんです」
彼女はほんの一瞬だけ、ポカンとしていたが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
「……ごめん。あたし、笑いすぎだよね?」
目尻の涙を指でぬぐいながら、それでも彼女はまだ笑っている。
「絶対に断られると思っていたけど、その言葉は予想外だったから」
「……つまり僕をからかっていたんですか?」
「アハハ、マジに考えてくれるなんて思いもしなかったから、ちょっと嬉しいよ」
傍目からは、きっと僕らは仲良く見えるのだろう。
学校の有名人が一年生と笑い合っている姿を窓から眺める顔がますます増えていく。
そんな窓の一つに、見知った顔があるのを見つけた。
三階の窓からおっかない顔で僕を睨んでいる。
せっかくだから、手でも振ってあげようかと思ったが、直前でふと気がついた。
——この状況は利用できるんじゃないか?