5-5 ちょっと話あるんだけど
さて、今日からは、どこでお昼ご飯を食べようかな?
午前の授業が終わり、みんなが立ち上がり出した教室の中で、僕は腕組みをして考える。
……まあ、和室しかないんだけどさ。
昨日は失敗したなぁ。
腕組みをしたまま、しみじみと思い返す。
彼女が『一緒にいて楽しかった』と言ったのは衝撃的だった。
先輩の気持ちを考えず『一緒にいなくてもいい』と言ってしまったのはマズかったな。
いや、そもそもの話として、彼女を助けて停学になったのを中途半端に隠していたのがよくなかった。
僕は先輩に負い目を持って欲しくなかったから話を避けていた。
そのせいで彼女はずっと負い目を感じていた。僕は最初から間違えている。
でも先輩だって僕の事を覚えていたなら、ちゃんとそう言ってくれればいいのにさ。
そしたら『あの時は出過ぎた真似を』とか言えるのに。
二時間目の教室移動のとき、廊下でちらっと先輩の姿を見かけた。
ちょっと視線が合ったけど、すぐに目を逸らされてしまったから悲しい事この上ない。
梶崎の件、どうするつもりなんだろう?
一人で抱えて込んで困ってないかな。
先輩は優秀だし友達も多いから、別に僕なんか必要ない。
それは分かっているんだけどね。
ともあれ、このまま椅子に座って腕組みしていても、どうなるってモンじゃない。
何もせずにジッとしていると、そのうち女生徒から『キモい』なんて声が聞こえてきそうだ。
さっさと和室に行かねば。
そう思って腰を浮かせかけた時だった。
「ポチくんはいる?」
教室中に響き渡る大きな声がした。
驚いて顔を上げると、教卓側の入り口に背の高いショートカットの女性が立っていた。
教室中の視線が集まっているのに、彼女は臆する事もなく微笑んでいる。
彼女の顔に見覚えはあるが、僕を呼ぶ理由に心当たりがない。
もしかして、このクラスには他にも《ポチ》と呼ばれている者がいるのだろうか?
「あれ? おかしいな? このクラスって聞いてたんだけど?」
近くにいた女生徒に声をかけているが、戸惑うばかりで返事をもらえず困っている。
そうだろうな。僕をポチと呼ぶのは、先輩とその関係者だけだ。
クラスメイトにその呼び名を知っている者は一人もいない。
「ポチくん! いるんでしょ?」
もう一度、さらに大きな声で僕の名を呼んだ。
「……僕に何か?」
ゆっくり立ち上がると、今度は僕に視線が集中したのが分かる。
彼女はまっすぐに僕の所まで歩き、机に左手を突いて弾けるような笑顔になる。
「ちょっと話あるんだけど、いいかな?」
返事も待たず、僕の腕を掴んで教室を出ようとする。
仕方なく一緒に歩き出したら、背後から囁くような声が聞こえた。
——あいつ、二年の早瀬みゆきと知り合いなのかよ?
——マジかよ? すげえな。
最初はそんな感じの羨望だったのだが、すぐに、
——何か弱みでも握ってんじゃねえの?
——あたし、先生呼んでこようか?
なんて言葉が飛び出してきて、僕を見る目が一気に剣呑な眼差しに変貌していく。
不穏な空気を察したのか、彼女はドアのところで立ち止まって教室の中を振り返る。
「ポチくんは知り合いじゃなくて、友達だよ!」
それから僕の肩を気安く叩いた。
「さあ、行こうね」
騒然とした教室を後にして、彼女は僕の腕を引く。




