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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第5章 遥かなるアトランティス
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5-1 私の胸を触りたい?

 今日の先輩は、えらく不機嫌だった。


 すでに二時間以上、僕の向かいに正座をしたまま、ずっと黙り込んでいる。


 こういう時の先輩は、何かを熟慮している事が多い。

 だから僕も話しかけずにお茶を啜っている。


 黙ったまま僕がお茶を飲むと、彼女も黙ってお茶を飲む。


 こういうの、同調行動って言うんだよな。


 会話はなくてもコミュニケーションがあるみたいで、何となく嬉しい。


 先輩と一緒にいるのは苦痛じゃないし、目の前にいる彼女を眺めるのは楽しいしね。


 空になった湯飲みにお茶を淹れ直そうとしてポットに手を伸ばしたら、いつの間にか先輩が顔を上げて僕を見ているのに気がついた。


「なあ、ポチ」


 視線を合わせると、おもむろに彼女は口を開いた。


「君はヤリマンが好きか?」


 ……この人は、ずっと何を考えていたんでしょうね?


「いや、別に好きじゃありませんが」

「ふむ。君は経験豊富な女性が好きだという話があってな」

「誰が言ったんですか、そんな事?」

「ああ、それはな——」


 言いかけてから、また黙り込んで茶を啜った。

 どうして、この人はいつも話を途中で止めてしまうのだろう?


「……えーと、先輩は経験豊富なんですか?」

「さあ、それはどうかな?」


 彼女は口元だけで微笑んでから、急にハッとした顔になり、


「ああ、いかん。思わせぶりになってしまったな。私にそんな経験はない」


 そっと隠すように自分の胸に両手を当てた。


「前にも言ったが私は胸にコンプレックスがあってな。人様に見せたり触らせたりできる代物じゃないと思っているんだよ」


 何だか妙に露骨な事を言うなぁ。


「私にはよく分からないんだが、世間一般の男性はそんなに女性の裸を見たり、胸を触ったりしたいものなのか?」

「まあ、そうですね。特に先輩みたいな胸だったら尚更ですよ」


 言った途端にジロッと睨まれた。


 ——あ、しまった。


 今のはさすがに失言だった。おかげで思いきり眉を顰めた顔をされてしまった。

 胸の下で腕組みをして、先輩はまた考え込むような素振りになる。


「……つまり」


 ゆっくりと先輩が言葉を紡ぐ。


「ポチも私の胸を触りたいと思うのか?」

「ええ、触りたいです」


 よく分からないが、嘘を言わず正直に答えた。

 先輩は黙って白湯みたいな出涸らしのお茶を飲んでいたが、やがてポツリと呟いた。


「……別にいいぞ」

「はい?」


「だから私の胸の話だ。ポチが触りたいと言うのなら、好きにしていいと言っている」


 危うく手にしていた湯飲みを落とすところだった。


 この人は突然、何を言い出すんだ?


 ビックリして声が出なくなっている僕に、彼女はさらに追い討ちをかける。


「君が望むなら、その先だってかまわない」


 いくら何でも、冗談にしては際どすぎる。

 動揺したまま先輩の顔を見ると、彼女は無表情に僕を見ていた。


 いたずらを仕掛けてくる時の笑顔や、照れたような仕草は一切ない。

 まるで僕を値踏みするような視線で——。


 ——ああ、そういう事か。


 ようやく先輩が何の話をしているのか理解できた。


「…………そんなに厄介な相談事なんですか?」


 手にしていた湯飲みを置いて先輩に向き直る。


「状況の深刻さを考えたら、私の胸なんかで釣り合うとは思えないよ」


 そう言って彼女は大きくため息をついた。


 こんな様子の先輩を見るのは初めてだった。


「じゃあ、今から生徒会室ですね?」


 いつもの様にあっちで相談者が待っていると思ったのだが、先輩は座布団に腰を下ろしたまま首を横に振った。


「万が一にも話を人に聞かれたくない。生徒会室は避けたいんだ。茶の席に俗世間の話題を持ち込むのは間違っていると思うが、勘弁してくれ」

「じゃあ、ここに相談者が来るんですか?」


 確認のために言ったら、彼女はそれにも首を振った。


「相談者は来ない。説明は全て私がする」


 この発言にはかなり驚いた。

 いままで本人抜きで話をした事なんか一度も無かったのに。


 先輩の真剣な態度といい、相当に異例な話である。


 きっとヤバい話なんだろうな。


 うっかり安請け合いすると、酷い目に遭いそうな予感がする。


「……とりあえず、お茶、淹れ直してから聞きますよ」


 でも、先輩の胸を好きにしていい、なんて言われたら僕に断れるわけがない。


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