1-3 茶道部、爆誕
「……あ、あたしのブラジャー、返して下さい」
逃げるヒマも無く彼女たちに取り押さえられた僕は、畳の上に正座をさせられ、弁解の機会も与えられず、下着泥棒の容疑を掛けられていた。
もちろん、とっくに午後の授業は始まっているので僕らは全員さぼっている事になる。
さっきからずっと、お下げ髪が泣きべそをかきながら僕を責めている。
「何でそういう事をするんですか? のぞきとか下着ドロとか、悪い事なんですよ? 痴漢は犯罪なんですよ?」
蔑むような目付きで僕を見下ろしている例の彼女はもちろん美人だし、お下げ髪の方もかなりカワイイので、身に覚えがないのに罪悪感が半端ない。
さんざん繰り言を言い続けたお下げ髪は、指先でこぼれ落ちる涙をぬぐうと、
「あたし、やっぱり先生、呼んでくる!」
強い口調で僕を睨んでから、和室の外へ走り出そうとした。
「サオリ、それは待ってくれないか?」
ずっと黙って成り行きを見ていた彼女が、それを押しとどめた。
「悪いが、ここは穏便に済ませてもらいたい」
落ち着いた態度で言う彼女に、お下げ髪は不思議そうな顔をする。
「……あの、それはどういう意味? 見ず知らずの痴漢さんをかばう理由があるの?」
訝しむ視線を受けて彼女は顔にかかった長い髪を少し気だるそうな仕草で背中へ回すと、大げさにため息をつく。
「これは誤解なんだ。私がうっかりしていた」
意外な事に、どうやら彼女は僕を擁護してくれるつもりらしい。
「うん、私が彼に頼み事をしたかったので、ここへ来てもらったんだ」
……そんな記憶、全くないんですが?
「彼はこう見えて役に立つ男だ。たまにこうして相談に乗ってもらっているんだよ」
無表情に語る彼女へ向けて、お下げ髪はさらに訝しげな顔をする。
「初めて聞いたよ、そんな話」
うん。僕も初めて聞いたけど、黙っておこう。
「まあ、わざわざ人に言う話でもないからな」
「……ふーん。そうなんだ」
お下げ髪は痴漢行為を許せないのだろう。
僕を庇う彼女に向けて、強い反感の意を見せている。
「それで、こんな所へ呼び出すような相談って何なの?」
お下げ髪の質問に、彼女は少し戸惑った顔をして、
「えーと、サオリの下着ドロの件で相談したかったんだ」
「いま『えーと』って言った!」
間髪入れぬ突っ込みに、彼女は「やれやれ」という感じで首を横に振った。
「口癖なんだよ」
「……そんな口癖、あったっけ?」
「おや、今まで気がつかなかったのかい?」
あまりにも白々しかったので、お下げ髪はバカにされたと思ったのか、怒ったように振り返って僕を指さした。
「じゃあ聞くけど、誰なのよ、こいつ!」
一年生の痴漢に面識などあるワケがない。
そう踏んだのだろうが、彼女は全く動じる事なく、平然と言い切った。
「彼は部活の後輩なんだ」
またも飛び出した新設定に、思わず僕の目が丸くなる。
お下げ髪にも意外だったらしくて、同じように目を丸くして驚いている。
「ぶ、部活? え? あんた部活なんかやってたっけ?」
「ああ、サオリは知らなかったか?」
当たり前の様に言ってから、水屋の方をチラッと見て頷いた。
「そう、私たちは茶道部でな」
「……うちの学校に茶道部なんかあったっけ?」
「知らないのも無理はない。部員は私と彼の二人きりだからな」
「そ、そうなんだ? で、その茶道部の後輩が何で着替えをのぞいていたの?」
「えーと、着替えをのぞいていたのは、サオリに下着を盗まれるほどの魅力があるか確認してもらっていたんだ」
「また『えーと』って言った!」
「口癖なんだよ」
やれやれと、また首を横に振る。
「じゃあ、こいつの名前は? 部員なら当然知ってるよね?」
「……なんだっけ?」
何気なく呟いてから、彼女は《しまった!》と言わんばかりに口元を押えた。
勝ち誇ったようにお下げ髪が笑う。
「あれ? 知らないの?」
「いや待て、違う。知っているんだ。急に出てこなくなっただけだ。名前だろ、ああ、知っているさ。えーと、名前は……」
もしかしたら本当に『えーと』は口癖なのだろうか?
ともあれ、いくら考えても僕の名前なんか出てくるワケがない。
あの時、僕は名乗らなかったから、彼女は知らないのが当然だ。
「あっ、思い出した! こいつの名前はポチだ!」
「ポ、ポチぃ?」
あまりにも日本人離れした名前が飛び出したので、お下げ髪がビックリしている。
もちろん僕だって驚いた。
でもお下げ髪が、すごい疑いの眼差しで僕らを見つめているから、この場で訂正をする勇気はなかった。
「……はい、僕はポチです」
「それ、本名なの?」
真顔でお下げ髪が聞いてくるから、僕も真顔で頷き返す。そんなワケあるかよ。
「ふーん、そうなんだ」
驚く事に、お下げ髪はそれで納得したらしい。
「な? ちゃんと私の後輩なんだよ」
彼女が豊かな胸を張って自慢気に言うと、お下げ髪は急にしおらしくなった。
「……ごめんなさい。あたしが悪かったです」
チョコチョコとした歩みで僕の所までやってきてペコリと頭を下げ、そのまま目の前にペタンと座った。
「あの、ポチくんは、本当にあたしの下着を取り戻してくれるんですか?」
さっきまで怒り狂っていたはずなのに、言葉遣いも敬語になっている。
身元の知れた後輩と知って少しは気を許してくれたのだろうか?
でも、いまの話は全部デタラメだから、そう素直に信じられると心が痛い。
「大丈夫だ、サオリ。変態は変態を知る。包み隠さずに相談してくれれば、ポチはきっと役に立つ」
「なるほど、それなら安心です」
いや、それ、安心していい紹介の仕方じゃないから!