4-7 捕食行動
「美少年をつけ狙う不届きな輩を、生徒会長を利用して潰すつもりだったの!」
中村は教卓の上から写真部の二人を見下ろしながら、臆面もなく言い切った。
「でも、それはあたしの誤解だったわ。あなたたちは美少年が怖かったのね?」
写真部の二人が揃って頷くと、中村は例の《魅力的な笑顔》を作った。
その表情に、たちまち二人が引き込まれていくのが分かる。
「神々しい美しさに触れて、ほんのちょっと、おかしくなっていたのよね?」
中村の柔らかな口調に、二人は何度も頷いている。
……なんとなく食虫植物を思い出すのは、なぜだろう?
「安心なさい。美少年は宇宙人じゃないわ。天使よ!」
「天使!」
たったそれだけの言葉で、滝本たちの表情がパアッと明るくなる。
「いま人類に危機が迫っている。その認識は正しいわ。爆発的な人口増加によるエネルギー危機や食料の不足、異常気象に破綻寸前の国民年金。問題は山積みだけど、美少年先輩がその美しさで全てを解決してくれるのよ!」
「……えーと、衆生救済は五六億年後の予定なのでは?」
こらえ切れずについ口を挟んでしまったら、中村は素晴らしい笑顔で僕を指さし、
「そう、それ!」
我が意を得たりとばかりに喜んだ。
「彼はスケジュール前倒しでやって来た弥勒菩薩よ。美少年に帰依すれば何もかも、全てが救われるわ!」
「いや、それ前倒ししすぎでしょう? 何でそんな事になったのさ?」
「さあね、向こうにも色々あるんじゃない?」
精一杯の突っ込みだったのだが、さらっと流されてしまった。
「あななたちの壁新聞は見せてもらったわ」
彼女はそう言いながら、床に落ちていた今日の壁新聞を広げて黒板に貼る。
「おはようからおやすみまで、いつも美少年を見つめている私の記憶と寸分の違いもない素晴らしい記録よ」
中村は胸を張って堂々と自分がストーカーであることを告白したので頭が痛くなる。
「あなたたちには、天使の膝元にかしずく資格があるわ!」
その言葉に写真部の二人は目を見開いて驚いた。
「これからは一緒に美少年の素晴らしさを広く地上に啓蒙していくのよ。ちょうど写真が撮れる人が欲しかったの」
そう言って中村は微笑み、教卓の上から二人に向けて手を伸ばした。
「さあ、これからは一緒に頑張りましょう」
感動の面持ちの滝本は、ゆっくりと立ち上がって頷いた。
「わかりました。あたし、頑張ります」
朝日の差し込む教室の中で、そっと手を取り合う二人の姿は宗教画のような神々しさを感じさせた。
まるで《神父さまの前にかしずく愚かな民》みたいな雰囲気だ。
傍らの写真部員・平川が感動の面持ちでカメラを構える。
「はぁい、視線こっちに!」
「うわあっ、まぶしい!」
でかい声に惑わされた中村が、フラッシュの閃光に目を押えながら机から転げ落ちる。
□
その日の放課後。
いつもの様に和室へ行くと、ちょうど先輩が玄関の所にいた。
「や、やあ、ポチ。今朝はご苦労だったな」
妙にぎこちない笑顔だけど、ちゃんと挨拶を返してくれた。
「先輩、その事なんですが……」
相談者・中村は大変満足していたが、問題は何ひとつ解決していない気がする。
結局のところ、僕らはストーカーを増産しただけだったのではないだろうか?
言いたい事が通じたのか、先輩は少し首を傾げて思案顔をしながら腕を組む。
「あの後で執行部の者に、美少年先輩の所へ行ってもらったんだがな——」
事情を聞いた美少年武志は、キラキラとした輝きを放ちながら、
『それだけ、みんなが俺を気にしてくれるって事だからね』
穏やかな笑みを浮かべて、平然と言い放ったそうだ。
もちろんストーカーの危険性も説明したのだが、彼は全く聞く耳を持たず、
『美しいものを愛でるのは人類の本能だし、知性の証でもある。そうだろう?』
てな感じで、何の話し合いにもならなかったらしい。
「——じゃあ、これでこの件は終わりなんですか?」
「彼は見られている事を知っていて、それを気にしていないんだ。どこに問題がある?」
「それはそうですが……」
「写真部は美化委員と一緒になって、美少年先輩を崇める組織として再出発するらしい。さっそく美少年先輩が《神の使い》か、それとも《宇宙からの使者》なのかで、激論になっているそうだ」
「……最初に『美化委員は関係ない』と言っていたハズでは?」
「納得できない気持ちは分かるが、私にそれを言われてもな」
先輩は苦笑しながら玄関の戸を開ける。
三和土で上履きを脱ぎながら気軽な調子で話を切り出した。
「ポチ、それで例の約束なのだが、今日でいいよな?」
「……あの、本当に添い寝するつもりなんですか?」
さすがに実行するのはどうかと思うのだが、先輩は落ち着いた態度で僕を振り返る。
「何だ、君が言い出した事だぞ?」
「それはまあ、そうなんですが……」
煮え切らない返事をしていたら、冷たい視線でジロッと睨まれてしまった。
「もう来てもらっているんだ。いまさら嫌だと言ったら失礼だろう?」
彼女は思いもかけない言葉を口にした。
「え? 誰? 誰が来てるの?」




