4-6 美しさは罪
「……あれは文化祭の少し前の出来事でした。その時のあたしたちは、今年の文化祭をどうしようか、ずっと悩んでいたんです」
床に正座させられた写真部長・滝本が震える声で話を始めた。
「ちょっと待て。写真部は今年の文化祭に出展しなかったよな?」
すぐに先輩が待ったをかけた。
写真部は参加申請をしたけど当日の展示は一切なかった。
写真部は文化祭への参加を放棄して、割り当てられた場所はただの空き教室になっていた。
「展示参加の希望者は他にも多い中での割り当てだったんだ。そのことを理解してるのか」
きっと、あちこちから文句を言われたのだろう。
いま言う話じゃないけどな、と言いながら先輩は言葉を続ける。
「君たちは積極的に公募に参加しているわけでもなさそうだし、キチンと文化祭くらいは参加してくれないと活動実績なしで廃部もありうるんだぞ」
先輩の小言に、滝本はゆっくり頷く。
「それは分かっています。だから今年の文化祭は本気で取り組むつもりでした」
そう言って彼女は訥々と話を続けた。
「みんなの興味を引く題材が欲しくて、それまでに撮り溜めた写真を見直していた時、たまたまそれが写っているのに気がつきました。匂い立つほどの美しさ。気を失わんばかりのフォトジェニック」
滝本の声は次第に熱を帯び、瞳に不思議な光が宿り出す。
「すぐに部員総出で美少年先輩を盗撮しまくりました。そして彼の魅力をいっそう引き出すべく、みんなで印画紙やパソコンに向かっていたのです。気が付けば部室は美少年先輩の写真で埋め尽くされていました」
そこまで一息に話してから、ほうっと熱いため息をついて『壮観でした』と呟く。
「壁も床も天井もどこを見ても美少年先輩でした。あまりの美しさに目も眩みそうで、あたしたちは文化祭の成功を確信して泣きながら震えました」
彼女の声音がそこで変わった。
「その時、誰かがこう言ったんです」
言ってから滝本は何を思い出したのか。急にブルッと体を震わせた。
「こんな美しい人が、本当に僕らと同じ人間なのだろうか?」
滝本の額には脂汗が浮き、その顔色が見る見る真っ青になっていく。
「次の瞬間には全員が目を見開いて写真を凝視していました。考えてみれば、こんなにも美しいのは不自然です。どうしてあたしたちは、美少年先輩を人類だなんて思い込んでいたのでしょう?」
滝本は必死の表情で喋りながら、不安を振り払うように何度も首を振っている。
「気がつけば、あたしたちは人ではない《美しい何か》に囲まれており、逃げ場さえない状態でした。耐え切れなくなった部員の一人が悲鳴を上げ、泣き叫びながら印画紙を引き裂いて、どこかへ走っていきました。彼女の行方はいまだに知れません」
そして、すがるような目で先輩を見上げた。
「美少年先輩は地球侵略を企む宇宙人なのです。あの美しさで人類を虜にして骨抜きにするつもりなのです!」
「……はい?」
唐突に飛躍した結論に、先輩の口から素っ頓狂な声が出る。
「彼の美しさに仲間は次々と倒れ、文化祭の展示すら出来ないありさまでした。いまや正気を保っているのは、あたしと平川くんだけなんです」
絶句している先輩に、滝本はそのまま話を続けている。
「あたしたちは迫り来る危機をみんなに知らせる必要があったのです。意図がバレないように迂遠な方法で美少年先輩の克明な生活を壁新聞にしてレポートしていたのです」
「……はあ」
すでに僕も呆れすぎて言葉で出てこない。
「お願いです。あたしたちを助けてください! あの美しい何かから逃れたいのです!」
涙目になった滝本は、先輩のスカートにすがりつくようにして切々と訴えていた。
——これ、どうしたらいいんだろう?
僕らが途方にくれたその時、教室の入り口から大声が響く。
「いいえ、美しさから逃れる必要は全くないの!」
僕らが振り返れば、縦ロールの茶髪を踊るようになびかせて中村が微笑んでいた。
「話はみんな聞かせてもらったわ!」
彼女は一気に僕らの所まで歩み寄ると、上履きを脱ぎ捨てて教卓の上に飛び乗る。
「美少年の美しさに恐れおののく、その態度。あなたたちはよく分かっている!」