4-5 閃光
僕らの存在に気づかないまま、無警戒に入ってきた女生徒の足が見える。
上履きの色は赤。この位置から顔は見えないが、予想通り二年生だ。
机の下に隠れながら、僕らはじっと息を殺して彼女の次の行動を待つ。
飛び出すのはまだ早い。普通に登校してきた生徒かもしれない。
彼女が目的を済ませるまで待って、それから——。
「生徒会執行部だ! そこを動くな!」
僕が考えていた小賢しいタイミングなんか無視して、先輩は隠れていた机を放り投げるようにして立ち上がる。
先輩の大声と机の転がる轟音に驚き、女生徒はぎこちない動きで振り向いた。
それに釣られてポニーテールの黒髪が跳ねるような動きを見せる。
……ポニーテール?
記憶を手繰るまでもなく、中村は茶髪の縦ロールだった。
——え? この人、誰?
「お前は写真部の滝本か!」
僕の真上で仁王立ちの先輩が叫ぶ。
「えーと、誰ですか、それ?」
「こいつは写真部の滝本だ!」
「……そうですか」
これ以上質問を重ねても意味なさそうなので、先輩の両足の間から這い出して立ち上がる。
ポニーテールの女生徒・滝本は黒板を背にして怯えた表情で僕らを見ていた。
広げた壁新聞を手に持っているから、さすがに言い逃れはできないだろう。
逃げられないように教室の出口を塞ぐように回り込む。
「さて。どうして、こんな事をしたのか聞かせてもらおうか?」
滝本の正面に立った先輩が睨むような視線で尋問を始めようとしたその時——。
「待ってくれ! 部長は何も悪くないんだ!」
再び教室の扉が勢いよく開き、カメラを持った男子生徒が飛び込んできた。
僕らが振り返った時、すでに彼はカメラを構えてレンズを僕らへ向けていた。
「はぁい、視線そのまま!」
有無を言わさぬ馬鹿でかい声につられてカメラに視線を向けると、次の瞬間にポンッと大きな音がして、朝の教室に閃光が走った。
「うわっ、まぶしい!」
あまりにも激しい光だったので、たまらず目を押えてうずくまる。
痛みすら感じる閃光に目が眩んで何も見えない。
頭上から男子生徒の笑い声が聞こえてくる。
「ハハハ、これが写真部秘蔵の大判カメラ用フラッシュバルブだ! ガイドナンバーに換算すれば一五〇を越えているんだぜ! さあ部長、今のうちに逃げましょう!」
逃亡を図る会話が聞こえてきて、直後に悲鳴と、机と一緒に人が倒れるような音がした。
やばい。大失態だ。何も見えない。
このままじゃ先輩が——。
「先輩、先輩! 大丈夫ですか?」
僕は眩んで視界を失ったまま、無理やりに立ち上がる。
先輩は真正面から閃光を浴びたはずだ。
あんなのを至近距離でくらったら失明の危険すらありそうだ。
「部長、こっちです! 急いで!」
すぐ側で男子生徒の声がするが、今は先輩の無事を確認する方が先だ。
「先輩、どこにいるんです! 返事をしてください!」
大声で叫びながら手探りで先輩の姿を求めていると、僕の手にそっと触れる柔らかい感触があった。
「ポチ、落ち着け。私は大丈夫だ」
彼女の声と、僕に触れる手の感触。
ようやく戻ってきた視界には心配そうな表情で僕を見ている先輩の顔があった。
「えーと、先輩。大丈夫でしたか?」
少し落ち着きを取り戻した僕の様子に苦笑する。
「私は写真を撮られるのがあまり好きではないのだ。だからレンズを向けられた瞬間、とっさに顔を背けたんだ。君と違ってフラッシュを直視してない」
「せっかく美人なのに、もったいない」
取り乱した事が恥ずかしくて軽口を叩いたら、彼女は僕の手を強くギュッと握り、
「い、今はそんな話をしている場合じゃないだろう?」
怒ったような口調で窘められてしまった。
犯人がどうなったかと教室を見渡す。
写真部・滝本は目が眩んだまま逃げようとして方向を間違えたのだろう。
窓の近くでひっくり返って手足をバタバタさせていた。