4-4 待ち伏せデート
「こんな朝早くから待ちかまえている必要があるんですかね?」
三年四組の教室で、適当な机の下に隠れながら、後ろの先輩に聞いてみる。
「こういうのは現場を押えるのが一番だ」
僕に続いて机の下に潜り込みながら、先輩は何だか楽しそうだった。
「待って、先輩。何で同じ机の下に入ろうとするの?」
振り返って聞くと、彼女は頬を膨らませながら僕を見た。
「だって仕方ないだろう。隠れて見つかりにくい机は、ここしかないって結論になったんだ」
確かに先輩の言う通り、教室に二つある出入り口のどちらから見ても《もっとも目立たない場所》を二人で吟味した結果なのだが。
まさか一緒に隠れるとは思ってなかった。
僕も彼女も大柄な体格ってワケじゃないが、でも先輩の胸って、ほら、ねぇ。
……うん。背中の感触がすごいよ。ちょっと幸せな気分だ。
「そんな顔をするな。狭いところで私と一緒は、そんなに嫌か?」
僕の背中に乗っかっている先輩から、生真面目そうな声が聞こえる。
「あ、すいません。何か眠くて」
慌てて誤魔化すように目をこすると、彼女はあっさり騙されてくれた。
「そうか、すまんな。昨日、家に帰ってから《犯人が来る前に待ち伏せをすればいい》と思いついたものだから、君の都合を考えていなかった」
先輩が張り込み好きなのは知っていたが、まさか六時前に登校するハメになるとは。
ロクに寝てないから、僕が眠いのは嘘じゃない。
「いっそ和室に泊まればよかったかなあ」
あそこなら布団もあるし、一晩くらい泊まってもバレないんじゃないのか?
そんな意味の独り言だったのだが、
「何だ? 君は私と一夜を共にしたかったのか?」
背後から、僕をからかうような声がする。
「今度、添い寝してくれるのを楽しみにしていますよ」
昨日、和室で交わした会話を蒸し返したら、先輩が急に背中でビクッと跳ねて《ガンッ》と大きな音がした。
振り返れば先輩は両手で頭を抱えながら涙目になっていた。
「そ、そうか。分かった。では次のご褒美はそれでいいな」
先輩は指で目元をぬぐいながら、精一杯取り繕った感じで平静な声を出す。
……この人、いま、ご褒美って言った?
やっぱ僕の事を犬かなんかと思ってるよね?
「……先輩、机の下は狭いので気をつけて」
「うん、そうだな」
「ところで先輩は、今回の犯人について、どう思います?」
添い寝の話はスルーして話題を変えると、明らかに彼女はホッとしていた。
「犯人が誰かなんて考えるまでもあるまい」
先輩は大して面白くもなさそうな顔で答える。
「君だって気がついていただろう? 写真に撮られた場所と時間を、迷いもなく解説してのけたんだぞ。そんなの撮影者本人でなきゃ不可能に近い」
「でも、それだと中村が僕らに相談した意図が分かんないんですよね。何か理由があって——例えば僕らをだまして利用したいと考えているのなら、今日ここに来ますかね?」
そう尋ねると、先輩は僕の肩に肘を乗せ、頬杖を突いて考える。
「……たぶん来るな。昨日の今日で、こんな時間から張り込んでいるとは思うまい」
「まだ校門が閉まっている時間でしたもんね」
ちなみに僕らは、代々の生徒会長に引き継がれてきた《秘密の鍵》を使って校内に侵入している。
正体はただのマスターキーなのだが《そんなモノを生徒がいつも持ち歩いているのは学校側に秘密》という代物だ。
「私たちに罠をかけたつもりになっているのなら、機先を制するチャンスだろう。あいつは絶対に——」
話の途中で先輩は急に声を顰めた。
机の下でうつ伏せになっている僕の背中に体重を預け、身を伸ばすようにして耳元に口を近づける。
「——ほら、来たぞ」
乾いた音を立てて、教卓側の扉が開いた。




