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4-3 媚びた仕草がエロい

「壁新聞、ですか?」


 美少年先輩の壁新聞が毎朝、校内のあちこちに貼られていると言う。


「おはようからおやすみまで、ビッシリと書かれてね」


 中村は手についたジャムをピンクの舌で舐め取ってから、照れ臭そうな笑顔を見せた。


 うむ、媚びた仕草がエロいな、この人。


「まるで誰かが美少年先輩の代わりに日記を付けているみたいなのよ」


 縦ロールを振り回して言うのだが、こういうのって警察の仕事じゃないかなぁ。


 横目で先輩の様子をチラッと窺えば、僕と視線を合わせて無言のまま頷いた。

 ……いや、それ、意味分かんないから。


 先輩とのアイコンタクトは諦めて、中村との会話に戻る。


「そんなの僕は見た覚えがありませんが?」

「発見しだい没収してるのよ! 毎朝、あたし、すごく早起きしているんだから!」


 見た目のワリにマメな奴だな。いつも遅刻ギリギリの僕とは大違いだ。


「しかし、これはすごいな。メールやSNSの内容はもちろん、トイレの時間や回数、大小まで書いてあるじゃないか」


 中村が畳の上に並べたコレクション、というか証拠一覧を眺めて、先輩が感心した声を出す。

 僕も間近で見たくなって膝でにじり寄る。


「トイレの回数なんか、誰が知りたいんですかね?」

「世の中には色んな趣味の人がいるからな」


 先輩も膝立ちして僕の背後から付いてくる。


「ポチくんに一つ教えてあげるわ」


 また鯛焼きに手を伸ばしながら、中村は堂々とした態度で胸を張り、


「美少年のうんこは臭くないのよ」

「……まあ、それでもいいのですが」


 斜め後ろの先輩を振り返ると、困惑の表情で僕を見返す。


「なぜ私を見る?」


「……前から疑問に思っていたのですが、先輩はどうやって毎回こんな相談事を見つけてくるんです?」

「生徒会にいると色々あるんだよ」


 憮然とした顔で答えてくれたが、生徒会ってそういうモノなのか?


「な、なあ、ポチ。私は詳しくないのだが」


 先輩は少し慌てた感じに僕の頭を両手で掴み、無理やり証拠の壁新聞に戻す。


「こういう写真は誰でも簡単に撮れるものなのか?」


 彼女は背後で膝立ちのまま僕の頭に肘を乗せて覗き込み、明らかに超望遠レンズで隠し撮りされた写真を指さした。


 ところで先輩は椅子に座っている時、机の天板にその大きな胸を乗っけてしまうクセがあるんだ。

 彼女の胸は大きいから重くて疲れるのだろうってのは分かるんだけど、僕の肩は机じゃない。


 大変な事になっている僕を無視して鯛焼きを頬張りながら中村が残念そうな声を出す。


「やっばり写真じゃ、美少年の美しさが半減よね」

「いやいや、これで充分ですよ」


 上ずった調子の返事になってしまった。

 顔の判別ができる、程度の意味で言ったのだが、


「まあっ、ポチくんにも彼の素晴らしさが分かるのね!」


 中村は嬉しそうに、次々とストーカーが撮った写真の解説をしだした。


「これは一昨日、教室でお昼ご飯を食べている姿ね、すっごい素敵! こっちは三日前のお風呂。それからこれが昨日の登校中の写真よ! うっとりするわね!」


 彼女が指し示す写真の中に全裸のモノが混じっていたのは驚いた。

 幸い局部は写っていないが、つい出来心で盗撮しましたなんてレベルじゃないぞ。


 愕然としている僕の隣で、先輩は全く別の所に興味を引かれていた。


「なあ、中村。これ、本当に昨日の写真なのか?」


 先輩は《登校中》という写真を指さした。朝の光の中、美少年武志が自宅と思わしき玄関から出てくる姿や、学校のげた箱で上履きに履き替える姿が写っている。


「そうよ、よく撮れているよね」


 何の屈託も無く、あっさりと中村は答えた。


 その言葉の意味を考えながら顔を上げると、先輩が無表情に僕を見ていた。

 視線を合わせると、また無言で僕に頷きかける。


 あえて先輩には何も言わず、身体ごと中村の方へ向き直る。


「聞きたい事が……三つあります」


 右手の指を3本立てて中村に示した。


「まず最初に確認したいのですが、美少年先輩は誰かから恨みを——」

「あるわけないでしょ!」


 お約束だから聞いただけなのに、中村は激怒してしまった。


「美少年先輩は美しい人格者よ。他人から恨まれるような人じゃないの! いつも穏やかな微笑みをたたえて、美しい匂いがする天使なのよ!」


 匂いの形容詞に《美しい》を使うとは斬新だ。


「美少年先輩が誰かに恨まれているなんて、考えるだけでも美しさへの冒涜よ!」


 中村は憤懣やる方ない様子で、最後の鯛焼きを鷲掴んで口に放り込む。


「その鯛焼き、気に入ったんですか?」


 空になった皿を指さして聞くと、またバカを見る目で僕を見た。


「何を言ってるの? いまは美少年先輩の話をしているのに!」


 結局、僕は一つも食べていないから、美味しいのか聞きたかったんだけどな。


「あとですね、えーと……」


 次の質問が思いつかない。


 あれ? 何を聞くつもりだったんだっけ?

 まだ質問は一つ——鯛焼きの感想を入れても二つ目だ。


 気がつけば中村が微笑みながら僕を見ていた。


 急に考えがまとまらなくなったのは、この食虫植物のせいですかね?

 捕食行動に入ったのかも。


 ともあれあと一つ、何か質問をしなければ。


「……えーと、中村さんが好きな異性のタイプはどんな感じですか?」


 うわあ、バカみたいな質問するんじゃなかった。

 隣に座る先輩の機嫌が見る見る悪くなって行くのが分かるぞ。困ったな。


 どうしようかと思っていたら、天井のスピーカーから最終下校時刻をしらせる音楽が聞こえてきた。


「あ、もう帰らないと」


 渡りに船で僕が言うと、先輩はハッと何かを思い出した様な顔で腰を浮かせる。


「しまった、生徒会室が開けっ放しだ」

「いいですよ。こっちは僕が片付けます」


 僕が大げさに肩をすくめて笑いかけると、先輩は慌てた様子で立ち上がった。


「すまん、ポチ。頼んだぞ」


 急いで玄関へ向かっていく先輩の背中に、中村が追いすがるように大声で叫ぶ。


「ちょっと待ってよ! それで結局どうすんのよ!」

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