4-2 美化委員は縦ロール
「粗茶でございます」
いつものフレーズとともに縦ロールの前に湯飲みを置くと、彼女は僕を見上げて嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
さっきとは打って変わったその態度は驚くほどだった。
柔らかな所作で湯飲みに手を伸ばすと、静かに口元へ運び、
「いい香りね」
そう言って、もう一度、僕に笑顔を向けた。
派手な縦ロールに注意を奪われて、彼女がかなりの美人である事に気がついていなかった。
彼女の笑顔には見入ってしまうほどの魅力があり、実際、僕は見とれてしまった。
「ポチ、何をぼんやりしている? 君もちゃんと座りたまえ」
不機嫌そうな先輩の声で我に返った。
なぜか分からないが、ふいに食虫植物を思いだす。
部屋の隅から座布団を抱えて、二人と均等な距離に置いたら、
「ポチ、もう少しこっちにしろ」
先輩のすぐ隣に置き直されてしまった。
よく分からないけど先輩には何か考えがあるのだろうから、おとなしく言われた通りに座ってみる。
……近い。
いや、座る前から気がついていたんだけど、なんだか妙に先輩が近いぞ。
肩が触れ合う距離どころか、もろに腕がくっついているじゃん。
なのに戸惑っているのは僕だけで、先輩も縦ロールも平然とした顔をしている。
「では話を始めよう」
先輩が髪をかき上げながら言うと、僕の肩に彼女の肘が当たって長い黒髪が首筋をくすぐるように撫でていく。
落ち着かない事、この上ないんですが……。
「彼女は二年の中村。美化委員だ」
「この話に美化委員は関係ないわよ」
不機嫌さを隠そうともしない先輩から投げやりな紹介をされて、縦ロールが苦笑する。
彼女は柔らかな微笑みを崩さないまま、まっすぐに僕の顔を見ると、
「あなたが校内のトラブルを、シャワートイレのようにスッキリ解決してくれる人ね?」
「いえ、僕はただの茶道部員です」
素直に答えたら縦ロール・中村の顔からスッと微笑みが無くなり、露骨なまでの嫌悪感が顔いっぱいに広がった。
「ちょっと会長、話が違うよ? 笑顔一個、損したじゃん」
咎める口調で先輩を睨むから、さすがに僕も不愉快な気分になる。
「で、相談てのは何でしょう?」
感情が表に出ないように腰の低い笑顔で言ったのだが、中村は僕を無視して乱暴に湯飲みを掴むと、一気に咽へ流し込んだ。
「まずいお茶ね。コクがないわ」
中村がバカにしたように言うけれど、僕はニッコリ笑顔で頷いておく。
「それ、浅蒸し茶なんですよ」
「ふん、じゃあ淹れ方が悪いのね」
怒ったような口調で湯飲みを置いて、鯛焼きに手を伸ばす。
たぶん浅蒸しが何なのか、分からないんだろうなあ。
鯛焼きを口いっぱいに頬張ってから、中村はようやく話を始めた。
「あなたは美少年先輩を見た事がある?」
彼女は鯛焼きを茶で飲み下しながら真面目な顔で聞いてくるのだが、質問の意味がさっぱり分からない。
「えーと、池目先輩なら話をした事がありますが……」
そう答えたら、中村はバカを見る目で僕を見た。
「確かに池目先輩は校内三大美少年の一人なんて呼ばれているけどね」
鼻で笑って茶を啜る。
「あんなの、しょせんは小物よ」
それから、また鯛焼きに手を伸ばす。
さっぱり話が見えなくて困まっていたら、先輩が僕に体重を預けるように身を寄せて話の解説をしてくれた。
「中村がいま話題にしているのは三年四組の《美少年武志》という人物だ」
□
「美少年先輩は本当に美しいわ!」
そんな言葉で始まった縦ロール・中村の演説はとどまる所を知らなかった。
「あの美しさは世界一、いいえ宇宙一と言えるわね!」
彼女は半分齧った鯛焼きを握りしめながら、片ひざを立てて力説をしている。
「えーと、その美少年先輩なんですが……」
改めて口にすると、すげえ名字だと実感するな。
「中村さんは、美少年先輩とどういう関係なのでしょう?」
ここまで褒めるんだから、それなりに親しいのかと思ったら、
「口も聞いた事がないわよ」
なぜそんな当たり前の事を聞くのだろう? なんて感じの顔で返された。
「美しさを愛でるのに親しくなる必要があって? 言葉なんか交わさなくても、ただ美少年先輩の傍にいるだけで、マイナスイオンによるヒーリング効果が得られるんだから!」
「ちょっと前の家電製品みたいな人ですね」
「それだけじゃないわ! 美少年先輩の近くに苺を置いておくと、いつまでも腐らないの!」
「いや、それ冷蔵庫に入れときましょうよ。周りの人に迷惑ですし」
「それに錆びた包丁だってピカピカになるわ!」
もはや突っ込む気力すら失いつつある僕らとは対照的に、ヒートアップした中村は手にした鯛焼きを握りつぶしながら、大声で叫ぶ。
「そんな美しい美少年先輩が大変な目に遭っているのよ! ねえ、ちゃんと聞いてるの?」