先輩とみゆき 3
「つまり話をまとめると、あんたとポチくんは《手を繋いだ》と言うワケなのね?」
学校からの帰り道で、いつものように友人の話を聞いていたのだが、
「あ、いや、誤解しないで欲しい。私たちはそういう関係じゃないんだ」
頬を染めて友人が否定するから、みゆきは呆れ返ってしまう。
「手を繋いだくらいで、どんな関係を想像するのよ!」
今どき小学生だってもっと積極的だ。
それに話を聞く限りでは《手を繋いだ》のではなく、《手を掴んだ》が正しそうだ。
「あんた、いつもポチくんとは、ただの先輩と後輩だって力説してんじゃん」
何をいまさらな事を言っているのかと思っていたら、
「ふむ、それなんだが、もう彼はただの後輩ではなくなった」
「えっ、そうなの?」
素直にみゆきは驚いた。彼と出会ってから半年、ついに進展があったのか。
期待を込めた視線を向けると、彼女は自慢気な顔で頷いた。
「私たちは友達になったんだ」
この発言には別の意味で驚いた。
今までは友達じゃなかったのか?
どうにも色々と順番が間違っている気がする。
普通なら、友達になる→手を繋ぐ→色々あって→パンツを贈る、になるよな?
こんな調子では《恋人になる》とか《男女の仲になる》のが、この先のどこにあるのか想像もつかない。
「まあ、部長と部員の関係からすれば、大した進歩だね」
けっこう投げやりに言ったのに、友人は嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、もう和室以外で一緒にいても不自然じゃない」
妙に人目を気にする発言なのは、照れているからなのだろうか?
「……あのさ、ずっと気になっていたんだけど」
みゆきはジッと友人の顔を見つめて言う。
「ポチくんて、彼女いないの?」
「…………え?」
案の定、そんな事すら確認していなかったらしい。
好きな男の子が一緒にいてくれるから、彼女なんかいないと決めつけていたようだ。
キョトンとしていた顔が、見る見る不安に染まっていく。
「いや、そんな話は一度も聞いた覚えがないぞ」
「でもさ、ポチくんてカッコいいんでしょ? 優しくて男らしいし」
実際には話半分、あるいはそれ以下の男なんだろうけど。
「そんな男の子なら、普通は彼女いるんじゃないの?」
友人はもはや不安を隠そうともせず、すがりつくようにみゆきの腕を掴んだ。
「どうしよう? 考えてみたら私はポチの事を何も知らない。彼に友達がいない事ですら、最近まで全く知らなかったんだ」
「あんたはこの半年、ずっと一緒にいて何をしていたの?」
「だって仕方ないじゃないか。一緒にいたら嬉しいし楽しいから、そんなの考えた事もなかったんだ」
「考えようよ。そこ、基本だから!」
並んで歩く友人に突っ込むように言ったら、彼女は泣き出しそうな顔で振り向いた。
その、あまりにも切実な様子に、みゆきはちょっとからかいたくなった。
「あんたさ、もしかして二股かけられてない?」
もちろん本気で言ったわけじゃない。
話を聞く限り、彼は器用なタイプじゃないし、女性の扱いにも慣れてなさそうだ。
彼女なんていないと思う。
でも、これだけ美人でグラマーな女に懐かれて積極的にならない男なんだから《遠距離恋愛の彼女がいる》とか《そんな気配も無かったのに実は》なんてケースも充分にありえる。
だから『ちゃんと確かめなさい』と言ったつもりだった。
なのに彼女はバッグからスマホを取り出すと、いきなりどこかへ掛け始めた。
運の悪い事に、みゆきが何か言うよりも早く相手が出てしまった。
「映画の話はキャンセルだ!」
開口一番で友人は怒鳴った。
「ポチ、君の不誠実さにはホトホト呆れたよ。映画? そんなものは彼女と行け!」
……しまった。
みゆきは会話を横で聞きながら、自分の気遣いが大失敗した事を知る。
——まさか映画を見に行く約束をしていたとは……。
さぞかし一大決心でデートの約束を取り付けたろうに。
余計な入れ知恵で台無しにしてしまったのだから、さすがに悪い気がする。
「……なに? 彼女なんかいない? ……え? 本当にいないのか? そ、そうか。いや、理由は特にないのだが突然、気になったんだ。……いいじゃないか、とにかく気になったんだよ」
ハラハラしながら聞き耳を立てていたが、どうにか収まってくれたらしい。
「さっきの事はもう気にしていないから、君も今の事は忘れてくれ」
次第に彼女の声が、いつもの調子に戻っていく。
「それじゃ、また部室で。……ん? まだ何かあるのか?」
そういってスマホに耳を傾けた彼女の顔が、みるみる真っ赤に染まった。
「な、何だそれ? そんな大げさな話じゃないだろう? ごく普通の事じゃないか。ポチが私に感謝するような話じゃないよ」
スマホを握りしめた彼女は頬を真っ赤に染め、緊張のあまりカクカクした動きになっているのだが、声だけは平静そのものだった。
ダメだ、こりゃ。
なかなか器用な事をする、と感心するけど、これじゃ彼に気持ちが伝わらないのも当然だ。
ここで『あたしの事、どう思っているの?』と聞けないところが、残念な子だ。
通話を終えた友人は、はあっ、と悩ましい感じの溜め息をついて、突然もたれ掛かってきた。
「何なに? どうしたの?」
「ポ、ポチが……」
震える両手でみゆきの体にしがみついてくる。
どうやら膝が笑っていて、とても一人では立っていられないらしい。
「ポチが、友達になってくれてありがとう、だって」
友人は涙目になってみゆきを見上げ、搾り出すような声でそう言った。
「……もしかして、あんた、腰抜かしてんの?」
どんだけ好きなんだ、そいつの事が。
「ま、友達なんていつでも縁が切れるんだけどね」
みゆきがからかうように言っただけで、友人の目からたちまち大粒の涙があふれる。
「もう嫌だ。ポチの事を考えているだけで泣きそうになる」
「いや、もうとっくにだだ泣きだから!」
さめざめと泣く彼女を抱きしめながら、入学当初に出会った《冷静沈着を絵に描いたような美人》は、どこへ行ってしまったんだろうと考える。
こっちの方がかわいいから、友人としては嬉しいんだけどね。