3-7 私はすごいぞ!
「…………はい?」
何、これ? どういう事?
「ほ、ほら、待望の友達だ、何て顔をしている! もっと喜びたまえ!」
いや、そんな《この胸に飛び込んで来い》てなポーズをされてもな。
「えーと、もしかして僕の友達になってもいい人って、先輩だったんですか?」
「当たり前じゃないか。他に誰がいると言うんだ!」
「先輩の友達を紹介してくれるんじゃなかったの?」
「あいにくだがポチに紹介できる友達など、私にはいない!」
「……もしかして先輩、友達いないの?」
「バカにするな! 友達はいるけれど、君には紹介したくないんだ!」
地味に傷つく事言うよな、この人。
「さ、さあ、友達になろうじゃないか!」
先輩が両手を広げたポーズのまま言うので右手を伸ばして彼女の左手に触れる。
スルッと指を絡ませてくるから、意図せずしていわゆる《恋人握り》の形になる。
そのまま反対の手も同じように握ってきた。
僕らは向かい合って正座をしたまま《フィンガーロック》と呼ばれる体勢になってしまった。
「うむ、友達なら手ぐらい繋ぐよな」
握る両手にグイッと力を込めて先輩が頷く。
「まあ、北原先生に声をかけられた途端に振り払われましたけどね」
僕も負けじと手に力を込めて押し返す。
「あ、あれは仕方ないだろ! まさか人がいるとは思わなかったんだ!」
すごい力で先輩が押し込んでくるので、それを抑える両腕が震える。
「人に見られて恥ずかしいなら、無理して友達にならなくてもいいんですよ?」
「ポチは大切な後輩だからな。友達になるためなら無理だってするさ」
「いや、でも、そこまでして先輩に何のメリットが——」
膝立ちになった先輩は渾身の力を込めるようにして、僕に身を寄せてきた。
「なあポチ。君は見たい映画があると言ってたよな」
わずか一〇センチもないくらいの距離で先輩が言う。
必死にのけ反って距離を取る。
「せ、先輩は三流コメディーと切って捨てましたけどね」
「そうだったか? しかし友達になった記念として一緒に見に行ってもいいぞ」
「さっき興味のない映画なんて苦痛なだけと言ってたじゃないですか」
「そうだっけ? まあ友達だ。苦痛くらい我慢するさ」
「友達の苦痛は見たくないですよ」
平然と先輩は喋っているのだが近い。すごく近いよ!
——ねえ、顔、胸、近いってば!
先輩の吐息が口元にかかって、まともに話をするどころじゃない。
なのに彼女はさらに力を込めて迫ってくる。
「今度の日曜日なんて、どうかな?」
「いま生徒会の仕事が忙しいって言ってましたよね?」
先輩から顔を背けるようにして返事をしたら、彼女は顔にハッキリと怒りを表して力任せに僕の手を振りほどいて立ち上がった。
「君は、私が友達では不満なのか!」
すぐに僕も立ち上がって反論する。
「不満は全くないですよ!」
「じゃあ何でそんなに嫌がっているんだ!」
「どうして先輩はいちいちサプライズを仕込もうとするんですか? 普通に『私が友達になるよ』と言ってくれればいいのに。何だかスゴイ人物が出てくるんじゃないかって、期待しちゃったワクワクを返して欲しいんです!」
「何を言う! 私はすごいぞ!」
どんな根拠があってか知らないが、先輩は胸を張って言い切った。
「そ、そうですね」
「なぜ、そこで目を逸らす!」
だって、ものすごく揺れたんだもん。
逸らさないとガン見しちゃいそうなんだってば。
「ポチ、君が何と言おうとも、今日から私たちは友達だ! そこはもう変えられないぞ!」
吐き捨てるように宣言すると、長い髪をかき上げながら大股で歩いて和室を出て行った。
……そこまで怒らせる話だったんだろうか?
映画に誘ってくれたのは嬉しいんだが、わざわざ僕の趣味に合わせなくてもいいって言いたかっただけなのに。
説明するヒマさえくれないんだから困っちゃうな。
立ち上がったときにひっくり返した湯飲みを片付けていたら、急に先輩が戻ってきて、
「日曜日、約束、忘れない!」
それだけ言って、また去って行った。時間も場所も指定してないのに、ただ日付だけを約束されてもなぁ。
相変わらず、どこまで本気なのか疑わしい人だ。
先輩が友達になってくれたのはすごく嬉しいんだけどさ。
僕は真に受けちゃってもいいんだろうか?




