3-6 君の隣を歩きたい
「ところで聞きたい事があるのだが」
和室へ戻る道すがら、並んで廊下を歩いていたら、先輩が横目でチラッと僕を見た。
「何で君はもったいぶったんだ?」
「はい? 何の事です?」
「とぼけなくていい。ゴミ置き場で『カツラは演劇部にある』と北原に告げれば、それで済む話だったろ? わざわざ演劇部の部室まで行ったのは何のためだ?」
「ああ、それは——」
途中まで言いかけてから、口ごもる。
それを北原に教えてしまえば、その場で解散になりそうだったから、とは言いにくい。
先輩と肩を並べて一緒に歩いて、他愛もない世間話に興じるのは楽しかった。
正直に言えば『もっと先輩と一緒に歩いていたかった』のだが、恥ずかしいから言いたくない。
口ごもった僕に、先輩は追及するような口調で迫る。
「何だ? やはり理由があるんだな?」
「……えーと、演劇部が北原のカツラを持っている確信が無かったんです。僕の考えが間違っていても、一緒にいればフォローできますから」
仕方がないから、その場しのぎで適当な事を言っておく。
「つまり北原は演劇部員にカツラがバレたくなかった、というワケなのか?」
「まあ、そうでしょうね。部室に入るのを嫌がりましたから。演劇部の人たちには隠したかったんですよ」
「しかし彼は、そのままの姿で授業をしていたんだよな? いまさら部員だけに隠そうとする意味が分からん」
「ほら、北原の行方を尋ねたら、みんなが半笑いだったじゃないですか。なまじ部員と仲がいいだけに、笑われるのが怖かったんでしょう」
「それじゃあ、北原が皆の前でいきなりカツラを被ったのは、どう説明するんだ?」
「あれ、ビックリしましたね」
カツラを見つけて感極まったのか、あるいは観念して開き直ったのか。
解釈のしようはあるけれど、そこら辺の感情の動きは説明がつかんな。
「ふん、結局は行き当たりバッタリか」
先輩のバカにしたような言い草に、僕は肩をすくめて見せた。
「まあ、無事に解決したって事で」
そんな話をしているうちに、僕らは和室へ戻ってきた。
「ただいまー」
誰もいない室内に声をかけながら上履きを脱いでいたら、先輩に笑われてしまった。
「ああ、すまん。私は今、ここへ帰ってくるとホッとするな、と思っていたのでね。ただいま、なんて自宅みたいな声を出すから、君が同じように感じていたのだと楽しくなったんだ」
「先輩も、ここが好きですか?」
「ああ、もちろんだよ」
彼女は上機嫌で答えながら上履きを脱いでいる。
僕が台所でお茶の用意をしてから奥の部屋へ行くと、先輩は座布団の上で、なんだか居心地悪そうにしていた。
いつもの様に背筋を伸ばして正座をしているが、モジモジと足を動かして落ち着かない様子である。
「先輩、何でトイレを我慢しているんですか?」
お盆を脇に置きながら聞いてみたら、真っ赤になって怒り出した。
「バ、バカ! そういう事じゃない! 君はホントにデリカシーがないな!」
先輩の罵倒は聞き流し、いつもの様に湯飲みへ茶を注ぐ。
「んで、約束の報酬ですが」
僕がそう言った途端、彼女はピタッと罵倒をやめて居住まいを正した。
一度、大きく深呼吸をしてから、少し緊張した眼差しで僕を見る。
「もちろん忘れてないぞ。ポチの友達だろ? すでに準備はできている」
ずいぶん手回しがいいなあ。
何だかワクワクしてきたぞ。
なんたって高校に入学してから初めての友達がついにできるのだ。
ずっと先輩が一緒にいてくれたから、淋しかったわけじゃないけど——。
そこまで考えて、僕はハタと気がついた。
……先輩は何で僕に友達を紹介しようなんて思ったんだろう?
先輩は忙しいのに、かなりの時間を僕のために割いている。
いい加減、僕の面倒を見るのが嫌になっていてもおかしくないよな。
もう僕と一緒にいたくないから、代わりになりそうな友達を紹介するって意味なのでは?
もしかして僕は先輩から見捨てられそうになってないか?
胸の内側から、急激に不安が沸き上がってきた。
——どうしよう。やっぱり友達、断りたいかも。
でも僕が負担になっているのなら、素直に友達を紹介してもらった方がいいのかなぁ……。
そっと先輩の様子を窺うと、彼女は呼吸を荒くして耳まで真っ赤になっていた。
視線を合わせると意を決したように頷いて、翼みたいに両手を大きく広げ、
「さ、さあ、ポチ。と、友達だぞ!」
裏返った声でそう叫んだ。