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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第3章 放課後ピクニック
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3-5 見て分かんねえのか!

「ちょっと待ってくれ。ここへ入るのかい?」


 演劇部の部室前で足を止めると、案の定、オッサンは嫌な顔をした。

 その態度に先輩が不思議そうな顔をする。


「なあ、ポチ。言われるまま一緒に来たが、私にいまだに話が見えないぞ」

「ここへ入りたくない気持ちは、分からなくもないですけどね」


 部室のドアをノックすると、すぐに返事があってメガネの女の子が顔を出す。

 見慣れない僕の顔に戸惑ったような表情を見せた。


「こんにちは、茶道部です」


 酷い自己紹介の仕方だったが、呆れる事にそれで通じてしまった。


「あ、部長から聞いてます、待ってました」


 メガネ女子はニッコリと笑い、あっさり部室の中へ通される。


 演劇部の部室なんて初めて入るが、思っていたよりキレイだった。


 作りかけの大道具や変な小道具が並んで雑然としているけれど、ちゃんと掃除はしているようだ。


 練習に使うためなのか、広く空きスペースが確保されていて、そこにジャージ姿の部員たちが車座になって座っていた。


 椅子はあるのだが誰も使わず、全員が床に直座りしている。


 入ってきた僕と先輩、それに知らないオッサンの姿を見て、みんな胡乱げな顔をした。


「どうだった?」


 車座の奥の方にいた臼井が軽く手をあげて、前置きも無しに結果を聞いてくる。


「えーと、結論を言う前に、みなさんに一つ確認をしたいのですが」

「おう、何だ?」


「最近、校内で変な物を拾いませんでしたか?」


 僕の言葉に全員が顔を見合わせた。

 質問の意味が分からない、と言うよりも、心当たりが多すぎる感じだ。


 一〇人を越える部員たちの中で、最初に返事をくれたのは臼井だった。


「この間、廊下で歯ブラシを拾ってごみ箱へ捨てたが、何かまずかったのか?」


 彼は真面目に答えてくれたのだろうが、僕が聞きたいのはそういう事じゃない。


「ごめん、僕の言い方が悪かったです。演劇で使えそうな物を拾ったか、という話です」

「ああ、それだったら」


 今度は長髪の男子部員が立ち上がった。


 部室の隅にある小道具や衣装が並べてある棚のところまで歩いていき、黒い毛玉のような物を手に取って見せた。


「これ、そこのトイレの洗面台にあったんだ。てっきり部の備品かと持って返ってきたんだが、数が合わなくて」


 それを確認した僕は、肩越しに背後のオッサンを振り返る。


「だそうですよ。見覚えはありますか?」


 もちろん返事は聞くまでも無かった。


「…………おお」


 知らないオッサンは、感極まった面持ちでそれを見つめていた。

 それまでの弱気な態度をかなぐり捨て、ズカズカと大股で歩いて長髪部員の所へ行くと、


「よこせ、これは俺のだ!」


 彼の手を叩くようにして、乱暴に毛玉を奪い取った。


「いきなり何だよ!」


 ムッとした顔で長髪が叫び、それに部員たちが呼応した。


「乱暴はよせ!」

「その態度は失礼だろ!」

「誰だ、あんた!」


 轟々たる非難の声に怯む素振りすら見せず、オッサンは毛玉を自分の頭へ乗せる。


 毛玉・オン・ザ・ヘッド。


「……俺が何者かだって?」


 オッサンの口から低く、それでいて力強い呟きが漏れる。


「見て分かんねえのか、バカヤロウ!」


 こっちを振り返ったその顔には、まばゆいばかりの爽やかな笑みが浮かんでいた。

 演劇部の部員たちから、一斉にどよめきが沸き上がる。


「ああっ、北原先生!」

「こんな所にいたんですか!」

「お懐かしゅうございます!」


 頭髪を取り戻した彼は、同時に二〇代前半の若さも取り戻していた。


「ハッハッハッ、愛い奴らよ! 俺がいない間も、稽古は順調に進んでいたか?」


 髪の毛だけで人の印象ってここまで変わるものなのか。


 背筋も伸びて自信たっぷりの態度だし、容姿とメンタルの結びつきの奥深さを実感するな。


「うっかり無くしたと思っていたが、お前たちが預かっていてくれたのか!」

「はい、よく分かんないけど、きっと大切な物だと思って!」


 顧問と部員たちはヒシッと抱き合い、今にも涙を流さんばかりだ。

 まるで怪しいセミナーの集会みたいだった。


「……なんでしょう、この大げさな集団は?」

「そう言うな。これでも地区の有力校と呼ばれているんだぞ」


 先輩がため息混じりに教えてくれた。

 この暑苦しさが実力の源と言うのなら、僕は生涯、演劇とはお近づきになりたくない。


「君たちもコンクールは、ぜひ見に来てくれ!」


 暑苦しい声で僕らに向かって臼井が叫ぶ。


 まともな礼も無かったが、これ以上ここに残っていたら仲間にされてしまいそうな雰囲気だった。


 逃げるように僕らは演劇部の部室を後にした。

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