3-4 それは夕日に燦然と輝く
「いや、ありがとう。助かったよ」
ゴミ袋の山からオッサンを下ろすと、彼は素直に頭を下げた。
「ちょっとでも動いたら崩れそうで、どうしようかと思っていたところなんだ」
僕らに向かって下げた頭が夕日で輝く。
人のいいオッサンぽいのだが、この人は何でゴミなんか漁っていたんだろうか。
さっきから校内をウロウロしているし、ひょっとしたら不審者の可能性もあるよな。
あまり先輩には近づけたくない感じだ。
そんな僕の気も知らず、彼女は頭を下げているオッサンに向かって、
「ここで何をしていたんですか?」
やんわりとした口調で尋ねている。
「……まあ、ちょっとね」
案の定、オッサンは後ろめたそうな顔で返事をした。
「何かお探しでしたら、私たちもお手伝いしますよ?」
うん、先輩は人がいいよな。こう簡単に面倒事を増やすのはどうかと思うんだけど。
背後から彼女の肩を指でちょんとつついて振り向かせる。
「ねえ、先輩。なんでこの人が探し物をしていると分かったんです?」
「だって、さっきから何度もすれ違っているじゃないか。私たちと同じように何かを探していると思ったんだ。ゴミ袋を漁っていたから、探しているのは人じゃなくて物だと判断した」
なるほど。僕はてっきり不審者かと思っていたが、そういう物の見方もあるのか。
「……いや、もういいんだ。きっともう無いんだよ」
オッサンは力なく首を振って肩を落とす。
その姿は、ひどく気弱な老人のように見えた。
僕らに手伝える事は何もなさそうなのに、彼女はこの気弱そうなオッサンが気になるのか、
「落とし物として、生徒会室や職員室に届けられている可能性もありますよ」
励ますように教えるけれど、彼はすぐに首を横へ振った。
とっくに確認済みらしい。
「……そうですか」
少し間を置いてから先輩は短く答えた。
その後で、ふと思い出したように質問をする。
「ところで、このあたりに北原先生はおりませんでしたか?」
そしたら彼は虚を突かれたように目を丸くした。
「……あ、うん。どこに行ったんだろうね?」
妙に煮え切らない返事だったので、何かが引っ掛かった。
「そろそろ行こう、ポチ。ここは空振りだ。もう一度、職員室で聞き込みだな」
先輩に促されて、ごみ置き場から歩き出そうとしたら、
「俺がここにいた事は、内緒にしてくれると嬉しいな」
急にオッサンが胡乱な事を言い出した。
「みんなには探し物をしていたなんて知られたくないんだ」
……やっぱり、このオッサンは不審者なのか?
何の目的で校内に入ってきたのか知らないけれど、今の発言は後ろめたい事情があるって事だよな?
「その代わり、生徒会長がこんなところで男子生徒と手を繋いでいたのは黙っておくから」
オッサンはそう付け加えて、いたずらっ子みたいな笑顔を見せた。
「ま、待って下さい。それは誤解というもので」
「お堅いイメージの子だと思っていたけれど、ちゃんとそういう相手がいたとは驚いたよ」
「だから、それは——」
慌てふためく先輩を横目に、僕は考え込んでいた。
先輩を生徒会長と知っているなら、このオッサンは学校関係者なのか?
何かを探している《知らないオッサン》。
授業をしているのに姿が見えない英語教師の北原。
臼井の話からすると、たぶん北原の受け持ちに演劇部員は一人もいないんだよな。
半笑いで行方を教えてくれる人たちと、虚を突かれたように驚いたオッサン。
オッサンが秘密にしたい探し物って何だろう?
「えーと、だいたい話が繋がりました」
しつこく誤解だと言い続けていた先輩が振り返る。
「ポチ、何の話だ?」
怪訝そうな顔をしている彼女をよそに、僕はオッサンに話しかけた。
「一つ確認をしたいのですが、探し物は校内で無くされたんですよね?」
「え? ああ、そうだけど」
唐突な質問だったが、彼は素直に頷いた。
「落とし物として届けられていないし、ゴミにも出ていない。いくら探しても見つからないのは、誰かが持っているからです」
「ああ、なるほど。誰かが隠し持っているのなら、そう簡単に見つかるワケがないな」
僕の話に先輩は納得してくれたが、オッサンは首をひねっている。
「でも、あんなの普通は必要ないし、とっくにゴミになってしまったんじゃないかなあ」
「まあ単純な嫌がらせの可能性もあるんですが」
懐疑的なオッサンに向かって、肩をすくめて笑いかけた。
「そういうのを拾ったら、つい持って帰りそうな人たちに心当たりがあるんです」
全く話が理解できず、キョトンとした顔をしている先輩に声をかけた。
「じゃあ行きましょうか」
「待て、ポチ。どこへ行くと言うんだ?」
僕はあえて答えず、オッサンの方を見た。
「先生も一緒に来てください。そこで全てが解決するハズです」