3-2 何か、ハゲてた
生徒会室で待っていたのは、ごく普通の男子生徒だった。
これと言った特徴も無く、強いて言えば地味な顔だ。
彼はビニール傘を手に持って、椅子にふんぞり返るように座っている。
僕と目を合わせるとニヤリと笑った。
……何でしょうね、この堂々とした自信と態度は?
「粗茶でございます」
和室から持参した湯飲みを目の前に置くと、彼は驚いた顔で僕を見た。
「茶道部なんか、うちの学校にあったのか?」
言われた僕も驚いた。
お茶を出しただけで茶道部と見抜くなんて、ただ者じゃないぞ。
「何で僕が茶道部と分かったんです?」
目を丸くして聞き返すと、彼はテーブル越しに僕の右手を指さした。
「手に持っている急須に、マジックでそう書いてある」
……あ、ホントだ。太マジックで《茶道部》とクッキリ書かれている。
「他の部活と混ざらないようにな」
ぼそっと先輩がつまらなそうに呟いた。
いつもの事だが生徒会室に来ると、先輩のテンションがダダ下がりになる。
今も眠たそうな目をして、生徒会長の机で頬杖を突いている。
こうしていると美人度は上がるが、なんとなく先輩らしくない感じがして面白くない。
「彼は演劇部の部長だ」
先輩の紹介は簡潔でぶっきらぼうだった。
まさかと思ったが、彼女はそれっきり黙ったままである。
演劇部の人も困惑しているのが見て取れた。
「えーと、まず名前と相談の内容を教えていただけたら」
仕方なく僕が進行役をすると、演劇部の人も明らかにホッとした顔になった。
「臼井だ。相談というか、手を貸して欲しいんだ」
演劇部が《手を貸せ》というからには、大道具係でも足りないのかと思ったのだが、
「うちの顧問がどっか行っちゃってさ。どこにいるのか探してきて欲しいんだ。コンクールが近くて色々あるのに、見つからなくて困っているんだ」
「顧問の先生が失踪したって話ですか?」
面倒な話を持ち込まれたなと思ったのだが、彼はキョトンとした顔をして、
「それなら警察に頼むよ」
あっさりと言い切った。そりゃそうだ。
臼井は傘を手に持ったまま、せっかくの茶に口もつけようとしないで喋る。
「学校には来ているみたいなんだけど、つかまんないんだよ」
「演劇部の顧問って誰ですか?」
「英語の北原だ」
名前を聞いて、顔を思い出そうとしてみる。
「……ごめん。全然、分かんないです」
僕が苦笑して見せたら、頬杖を突いたままの先輩が、取りなすように口を挟む。
「北原は三年生を主に受け持っているからな。ポチが知らなくても無理はないよ」
その後で、臼井に写真を見せるよう指示をした。
彼が取り出したのは、演劇部の集合写真と思わしき写真のプリントだった。
端っこの方にいる二〇代半ばの男性が顧問の北原なのだろう。
みんな笑顔で写っていて、顧問と部員の仲はかなり良さそうだった。
「北原先生は、ちゃんと授業をしているんですよね?」
「隣のクラスは自習になっていなかったし、学校へ来ているのは間違いないよ」
……え? 隣のクラス? 臼井ってもしかして三年生なの?
とっくに冬服へ切り替わったのに、まだ部活やってんの?
驚きが顔に出てしまっていたのだろう。
臼井は自慢気な表情になって、得意そうに言う。
「コンクール、勝ち進んじゃってね」
そんな事を言われても、さっぱり分かんないんですけどね。
「授業が終わったら、すぐに隣の教室へ行けばいいんじゃないの?」
素朴な疑問を口にしたら、すぐ臼井に反論された。
「ああ、当然そうしたよ。どこにもいなかったけどな」
そう言った後で、ふと付け加えるように変な事を口にした。
「知らないオッサンならいたけどな」
隣の教室に知らないオッサンって、何だそりゃ?
「誰、それ?」
「何か、ハゲてた」
そんな役に立たなそうな情報をもらってもなあ。
「職員室で『北原ならあっちにいるよ』と教えてもらっても、全く姿が見えないんだ」
「先生の携帯番号とか、連絡先は知らないんですか?」
「生徒には教えない主義らしい」
ずいぶんと真面目な先生らしい。
いまどきスマホの番号くらい教えてもいいだろうに。
ともあれ、臼井の相談は簡単な話だ。
「一緒に北原先生を探せばいいんですね?」
念のために確認を取ったら、彼は苦笑しながら首を横に振った。
「いいや、俺らは稽古をしたいから、代わりに探してきて欲しいんだ」
……まあ、いいんだけどさ。
「コンクールが近いんだよ、勘弁してくれ。そこまで手が回らないから頼んでいるんだ」
そう言いながら臼井は立ち上がった。
「あ、ちょっと待って下さい。もう一つ質問が」
彼はすぐにでも部活に戻りたそうな様子だが、どうしても聞きたい事があった。
「ずっと気になっているんですが、臼井さんは何でビニール傘を持ち歩いているんです?」
今日は晴れているし、そうでなくても校内を歩くのに傘はいらんだろう。
彼にどんな理由があるのかと思ったら、
「ああ、そこの廊下で拾ったんだ」
まったく何の意味もなかったらしい。
「そのうち小道具に使えるんじゃないかと思ってな。欲しくてもやらんぞ」
……つまり必要もないのに拾ってきたのか?
演劇部ってよく分からんところだな。
「それは落とし物として執行部が預かる。こっちへよこしたまえ」
座ったままの先輩が、面倒くさそうに手を伸ばした。