2-10 いますぐパンツを脱ぎやがれ!
「あ、それなんですけど」
もちろん忘れるワケないが、冷静に考えたら先輩の下着をもらうなんて、とても褒められた行為じゃない。
「……やっぱいいかな、と思って」
やんわりと断ってみたのだが、先輩は不思議そうな顔で膝立ちになり、
「遠慮するな。せっかく用意したのが無駄になる」
スカートの裾をたくし上げるようにして、その中に手を入れた。
「ちょっと待って、先輩! ここでそれはマズイから!」
「ん? 何がだ?」
僕の言葉を意に介さず、彼女はスカートの中に突っ込んだ手をモゾモゾと動かし、スルッとビニールパッケージされた品物を取り出した。
「私のために頑張ってくれてありがとう。ささやかなお礼だ。受け取ってくれ」
彼女が目の前に差し出した物体を、マジマジと僕は見つめた。
「……なんスか、これ?」
「約束の下着だが?」
「これ、違うでしょ? 男物だし」
「そりゃそうだ。私が履くんじゃないんだから」
「……はい? くれるのは《先輩のパンツ》って言ったよね?」
「私が自分のお金で買ったんだ。間違いなく私の下着だ。喜べ、ちゃんと新品だぞ」
「ねえ、先輩が履いていたパンツをくれるって話じゃなかったの?」
「おいおい、ポチ。それじゃまるで私が変態みたいじゃないか? 誤解している様だから言うけどな、私は自分が履いた下着をあげるとは一言も言ってないぞ」
言われて記憶を手繰ってみる。
……あ、言ってない。そんな言葉は一度も出て来なかった。
先輩は自分の下着の素晴らしさを語り、《使用未使用にかかわらず》自分の下着はキレイだと熱弁していたが、使用済みの下着をくれるとは確かに一言も言ってない。
「……じゃあ何で今これが、先輩のスカートの中から出てきたのさ!」
「それは、えーと、ちょっとしたサプライズ?」
しれっとした顔で言いやがる。
「さあ、ポチ。私からの贈り物だ。受け取ってくれ」
呆然としている僕の手を取り、先輩が男物のパンツを無理やり握らせてくる。
もしかして先輩は、ずいぶんと僕をバカにしてないか?
その気もないのにからかって、動揺する僕を見て楽しんでいたのか?
そう考えたら、急激に怒りが湧いてきた。
もらわないと決めていたのに、だまされたと知った瞬間から、この女のパンツがすごく欲しくなってきた。
胸の奥から沸き上がる衝動に突き動かされて、僕は座布団から立ち上がる。
「てめえ、こら! ここで今すぐパンツを脱ぎやがれ!」
あらん限りの大声で叫ぶと、彼女は腹を抱えて笑いだした。
□
結局のところ、先輩のパンツを無理やり剥ぎ取るなんて芸当が僕にできるハズもなく、ただ泣き寝入りするしかないんですけどね。
がっかりしながら家に帰って、そろそろ寝ようとした頃に、貰ったパンツの事を思い出した。
鞄の中から取り出したそれは、どこにでもあるボクサータイプの男物パンツだった。
……あの人はいったい何を考えているのやら。
最初から、話がおかしいとは思っていたんだけどさ。
どこで履こうかな、と考えたが、もったいないと履き惜しみする代物でもなさそうだ。
よし、いま履こう。
そう決めてパッケージの封を切ると、ふわっと覚えのある香りがした。
——このパンツ、いつも先輩が使っているコロンがかかっているぞ。
なるほど。そう言えば《匂い付き》と先輩が言ってたっけ。
けっこう芸の細かい人だよな。
感心しながらパンツを取り出せば、中からポロッと小瓶が落ちてきた。
スプレータイプのガラス瓶で、黄色い付箋が貼ってある。
見れば先輩の几帳面さを思わせる手書きの文字で、
《匂いが無くなったら使え》
文面はぶっきらぼうだが、至れり尽くせりのサービスだ。
……で、いったいどうしろって言うのだ?
僕のパンツが先輩と同じ匂いをさせてても、嬉しくないんだけどなあ。
小瓶は机の引き出しに放り込んで、さっそく真新しいパンツに履き替える。
電気を消してベッドに横たわった。
寝ようとして目を閉じてから、一度大きく深呼吸をする。
——うん。ダメだ、これ。
何だか同じ布団に先輩がいるみたいで、落ち着かなくて寝るどころじゃないよ。