2-9 先輩はすごく大切
「ポチ、週末はご苦労だったな」
週が明けた月曜日の昼休み、和室で顔を会わせた先輩は、開口一番で僕に礼を言った。
「とんでもなく生臭い事件だったな」
彼女がしみじみと腕組みをして言うもんだから、つい苦笑してしまう。
「先輩こそ、お疲れさまでした」
僕が言うと、彼女も苦笑しながら長い髪をかき上げて、目の前の座布団に座る。
「まったくだよ。事後処理も面倒くさかった。山本のフグ以外にも色々あったからな」
学校への報告は、なるべく穏便に済ますように、かなり気を遣ったらしい。
「生活指導部と交渉して、大体のところはうやむやにさせてもらったよ。教師も山本の店で飲酒をしていたとか、向こうも痛い部分があるからな。山本たちがフグで稼いだ金を、ちゃんと元の生徒に返金する事で決着だ」
「……ああ、購買の前のアレは、そういう事なんですか?」
文化祭で稼いだお金は、全てセイゴが使い果たしている。返そうにも彼らの手元には現金が残っていない。だから二人は購買の近くに立って、
「お願いします。あたしたちの魚を買ってください」
なんて行商人みたいなマネをしていたワケだ。
「あんなんでお金が返せるんですかね?」
「卒業までに返せばいい事になっている。部活動の一環として学校にも公認してもらったし、何人か買っている生徒もいたぞ。二人に同情するのなら、ポチも買ってみたらどうだ?」
彼女の言葉に、僕は力なく首を横に振った。
「……生魚は、しばらく結構です」
フッコはフグじゃないと断言したが、やはりキチンと確認をする必要があった。
先輩が学校と交渉している間、僕は釣り同好会の部室内を捜索していた。
空き教室を利用したその空間は、生け簀とか冷蔵庫が置かれており、すごく生臭さかった。
うっかりハリセンボンに手を伸ばした生徒会の役員が怪我をするなど、大騒ぎしながら昨日まで確認作業をしていたのだ。
「執行部の連中と一緒に動くのは疲れただろ? すまんな、ポチの仕事じゃなかったのに、どうにも人手が足りなくってな」
「あんがい楽しかったですよ。僕は友達がいないんで、ああいう作業は新鮮でした」
先輩のためにお茶を淹れながら答えると、彼女は少し眉を曇らせた。
「意外だな。君は世話好きで人当たりもいい。友人がいないなんて不思議だ」
……あ、いかん。口が滑った。
僕に友達がいないのは、四月に先輩と出会った事が発端だ。
実はあれ以来、ずっとクラスメイトからハブにされ続けているんだけれど、彼女には知られたくなくて、わざと内緒にしていたのだ。
「君には本当に友達がいないのか?」
余計な心配をされても心苦しいだけなので、笑顔を作って返事をする。
「ええ。だから僕をかまってくれる人は、すごく大切ですよ」
遠回しに先輩の事を言ったつもりだったのだが、彼女は急に不機嫌になった。
「ふん、フッコに迫られてまんざらでもなさそうだったのは、そのせいか?」
「は? 僕、そんな態度は取ってませんが?」
「あれだけ鼻の下を伸ばしておいて、いまさら何をごまかす気だ?」
「僕はフッコさんみたいな彼女より、素敵な友達が欲しいです」
先輩の前に湯飲みを置きながらなるべく無難な返しをすると、期待通り先輩は腕組みをして考え込んでくれた。
静かになったところで僕も黙って購買で買ってきたパンを齧っていたら、先輩がふと、何かを思い出したように顔を上げた。
「そうだポチ、下着をあげる約束は忘れていないよな?」