2-6 ビリビリッ!
山本はさらっととんでもない事を言い出した。
「喫茶店は生徒会の申請を通すための名目だけで、実態は居酒屋なんだ。みんな大喜びだったぞ。特にヒレ酒が好評でね」
「ちょっと待って。釣り同好会は校内でアルコールを提供していたの?」
先輩は突然、机に突っ伏して寝たフリをし始めた。
「だって仕方ねえだろ! 全然、部費が足りないんだ! まともな鮎竿が一本いくらするか知っているのか? 憧れの鮎竿やヘラ竿を手にして全国大会に出たいって思うのは釣り人として当然だ! 貴重な売り上げをピンハネされたくねえんだよ!」
開き直った山本が拳を振り上げ威勢よく叫ぶもんだから、先輩は両手で耳を塞ぎながら寝たフリをしている。
「いったい俺たちのどこに非がある? この話のどこに被害者がいるんだよ? 言っておくがお客の満足度には自信があるぞ! 俺たちは普段なら食べられないような高級魚を用意した。みんな、しびれまくりだったんだぜ!」
「……しびれる?」
嫌な予感がして聞いた言葉に、山本は満面の笑顔でサムアップしたみせた。
「もうビリビリさっ!」
「ビリビリ?」
「うん、フグだからね!」
「…………いま、フグって言った?」
「庶民にはめったに口にできない高級魚だ。おかげで千客万来ってヤツだよ。ハハハハ」
「笑い事じゃねえよ! もろ食中毒じゃねえか!」
あまりの出来事に、あやうく掴みかかる所だった。
「知ってるかい? 世の中には毒のないフグだっているんだぜ」
「嘘つけよ! しびれてるのは毒があるし、まともに調理できていない証拠だろ!」
「大丈夫だよ。ちゃんとフグの調理免許を持っている人のマネしたから」
「それはちっとも大丈夫じゃない!」
「ハハハ、その心配はしなくていい。その証拠にみんなまだ生きている。そうだ、ちょうど今日もフグを釣ってきた所なんだ。教室に置いてあるから、試しに食べてみないか?」
「そんなモノを学校に持ってくるなあ!」
「大丈夫。フグが入っているクーラーボックスは、ちゃんと鍵が掛かっているから安心だ」
軽い調子で山本は言うが、もちろん何の保証にもなっていない。
すごく嫌な予感がする。
「……ねえ、そのクーラーボックスは山本さんが買った物なの?」
聞かれた山本は首をひねって考え込み、案の定で、頭を抱えたくなる事を言う。
「そう言えば、あれも一昨日ぐらいに新品になっていたな」
うわぁ、最悪だ。誰かが合い鍵を——犯人が——持っている可能性は高いぞ。
先輩が寝たフリを諦め、ため息をついて椅子から立ち上がった。
「行くぞ、ポチ」
それだけ言うと、ドアに向かって歩き出した。
「先輩、どこへ?」
声をかけると立ち止まって振り返り、心底から面倒くさそうな表情で髪をかき上げる。
「決まっているだろ。山本の教室だ。すぐにフグを押収する」
□
「まったく、もう。何で私がこんな事を」
人気のない暗い廊下を渋い顔でぼやきながら、先輩が速足で歩く。
さすがにのんびりとはしていられない。
山本の持ち物をすり替えている犯人に悪意がなくても、事故が起こればシャレですまないのだ。
「あそこだな、山本。クーラーボックスはどこにある?」
歩きながら後ろを振り返った先輩が、二年三組と書かれている教室を指さして山本を睨む。
「俺の机んトコだ。釣り同好会って書いてあるから、見ればすぐに分かるよ」
あまりにもあっけらかんとした物言いに、先輩がイラっとしたのが伝わってくる。
「せめてロッカーに入れて置くという知恵はなかったのか?」
いまさらの文句を言いながら、先輩は教室の扉に手をかけた。
「で、お前の席はいったいドコだぁ!」
彼女が大声で怒鳴りながら引き戸を開けると、薄闇に覆われた教室の中に一人だけ残っていた女の子がビクッと肩を震わせて、驚いたように僕らの方を振り返った。
その光景に僕らは思わず絶句した。
「……な、何をしているんだ?」
先輩が、入り口で突っ立ったまま唖然とした声を出す。
「……あ、いえ、これは何でもありませんから」
その女の子——セイゴは、机の上に置いたクーラーボックスに巨大なブリを押し込みながら、僕らに向かってニッコリと微笑んだ。
「……絶対に入り切らないから、それ」
そういう問題じゃないのは分かっているが、それしか言葉が出てこなかった。