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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第2章 新世界のアダムとイブ
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2-4 心配しなくていい。俺はまだ生きている

「山本さんが使い古した品物が新品になるのなら、むしろありがたい話では?」


 たいして実害のある話でもないのかと思ったが、山本は大きく首を横に振った。


「俺の身にもなってくれよ。バイトして買ったスマホが突然、最新型になっていたんだぞ。しかも中身のデーターやアプリがそっくり移行していたんだ!」


「ずいぶんと親切な犯人じゃないか」


 あきれ返ったように先輩は肩をすくめる。


「親切すぎて怖えんだよ! お前は何が問題なのか分かってないだろ!」


 僕の受け答えに業を煮やしたのか、山本は椅子から身を乗り出してきた。


「無くなった上履きや制服は、俺の両親が買ってくれた品物なんだぞ。古くなったって事は、それだけ同じ時間を過ごした証だ。使い込んで出来た傷は、思い出を歴史として刻んだんだ。それが失われるのは、俺の物語が消えていくって事なんだよ」


 山本は喋っているうちに何かのスイッチが入ったのか、中腰になって机に手を付き、苦渋に満ちた表情で熱く思いを語っている。


「持ち物を新品にすり替えられるたびに、俺が生きてきた証が無くなって行く気がする。まるで俺の人生を否定するような意志を感じるんだ。すごく怖いんだよ!」


 そこまで一息に言うと気が済んだのか、山本はため息とともに椅子に腰を下ろして呟くようにポツリと付け加えた。


「まあ、作り立ての弁当はうまかったけどな」

「ええっ、それ食べたんですか?」


 僕は思わず驚きの声を出す。


「誰が何のために作ったのか分からないのに食べちゃダメですよ。毒でも入っていたらどうするんですか?」


「その心配はしなくていい。俺はまだ生きている」


 そういう問題じゃないんだけどなぁ。


          □


「何か意図がありそうな気はしますね」


 考えを整理したくて先輩に話を振ると、彼女は胸の下で腕組みをして考え込む。


「むしろ意図が無かったら驚くぞ。しかし意図の想像はつかんな」


 ただ盗むのではなく、いちいち新品と取り換える理由って何だろう?


「誰かに恨まれたりする覚えは?」

「そんな心当たりがあれば、こんな相談しないよ」

「それ、みんな言うんですけどね」


 お約束だから聞いただけで、予想通りの返答だった。


「参考までに伺いたいのですが、他には何が無くなっています? 思いつく限りでいいから、新品になったものを列挙してもらえます?」


「ええと、靴下、通学用のバッグ、赤鉛筆、アイナメ、消しゴム、絆創膏、ボールペン、自転車、彼女、三角定規——」


「ちょっと待って。今、おかしなモノがいくつかあった」


 僕は慌てて山本の話を遮った。


「……アイナメって何?」


「魚の名前だよ。カサゴとかメバルの仲間だな。唐揚げにするとうまいぞ」

「何でそんなのを学校へ持ってきていたの?」


「俺は釣り同好会でね。朝、釣った魚を調理するために学校へ持ってくる事も多いんだ」


 アイナメは魚。いちおう覚えたが、気になったのはコッチじゃない。


「聞き間違いでなければ《彼女》って言いましたよね?」


 僕の質問に、彼は自慢気な笑顔で語り出す。


「夏休みに、同じクラスのフッコから告白されて付き合う事になったんだ。初めて出来た彼女だから嬉しくってさ。それまではあまり意識した事はなかったけど、よく見ればフワフワの髪がかわいくて——」

「あの、そこら辺、話が長くなりそうだから全部、飛ばしてください」


 ……いや、そんな不満そうな顔で睨まれてもな。


「初めてフッコと手を握ったのは夕暮れの神社で——」

「彼女が新品になったという点だけを詳しく話して下さい」


 強く釘を刺すと、山本は大きくため息をついて話を仕切り直した。


「いつも学校から駅まで一緒に手を繋いで帰ったんだけど、昨日の別れ際にふと顔を見たら全くの別人——セイゴになっていたんだよ! もう俺、ビックリしちゃってさあ! 一昨日まで俺の彼女はフッコだったのに、昨日からはセイゴになってるんだよ」


「いや、それおかしいでしょう? なんで別れ際まで気がつかないの? 普通、手を繋く前に気がつくでしょ?」


 僕の突っ込みに彼は堂々と胸を張る。


「自慢じゃないが、俺は人の顔を覚えるのが苦手なんだ!」


 ……ホントに自慢じゃないな。

 彼女の顔くらい、ちゃんと覚えようよ。


「えーと、フッコとかセイゴってのは、女の子のニックネームですよね?」


 ただの確認なのに、山本はよくぞ聞いてくれたとばかりの笑顔を見せる。


「俺のクラスには鈴木が三人いてね。背の小さいのがフッコ、中くらいのをセイゴって呼んでいるんだ」


 意味が分かんなくてキョトンとしていたら、横から先輩が解説をしてくれる。


「それは出世魚の呼び方だよ。一番大きいのが名字のまま《スズキ》なんだろ?」


 ドヤ顔で語った先輩に、山本が真顔で訂正を入れる。


「いいや、一番デカいのは《シーバス》だ」

「……ああ、そう」


 予想を外した先輩は、あからさまにガッカリした。


「えーと、話が難しくてよく分かんないんですが、山本さんは自分では気がつかないうちに《彼女と別れる→別の女の子と付き合う》という状況に遭遇したのですか?」


 一番常識的な解釈を口にしてみたのだが、それを山本はあっさりと否定した。


「セイゴに確認したら《俺の彼女は昔からセイゴだけ》だそうだ。だけど俺のフッコと付き合っていた記憶も確かだ。これは彼女が新品にすり替えられたと思ってもいいんじゃないか?」

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