2-3 少しは茶道部らしい事を
生徒会執行部に持ち込まれる校内のトラブルってのは色々あるんだ。
運動部の喫煙問題とか部費横領みたいな話もあれば、下駄箱の修繕みたいな話もある。
いちおう言っておくと、普通の相談や苦情は執行部で面倒を見るし、手に余るような話なら学校がキチンと対応してくれる。
僕の役割は執行部や学校では対応し切れないイレギュラーな話を解決する事にある。
つまり僕の所へ持ち込まれる話はすごくロクでもないものか、警察沙汰の一歩手前か、あるいはその両方を兼ね備えたモノになる。
表沙汰にしにくい話を、執行部とは無関係の僕が裏でこっそり処理していく。
使い捨ての便利屋みたいな立ち位置だけど、まあ不満なんかない。
僕が彼女の役に立っているのなら良い事だ。
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僕らの相談相手は、必ず生徒会室へ呼び出す事になっている。
ここで話せば人払いの手間がなくていいように思うのだが、
「生徒会への相談なんだから、生徒会室で受けるのが当然だ。和室には茶道部の人間以外は入室禁止にする」
先輩は大真面目な顔で妙に融通が利かない事を言う。
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先輩に連れられて、やって来た生徒会室の中には、一人の男子生徒が所在なげにポツンと座っていた。
僕が初めて見る顔なので、生徒会の役員ではないハズだ。
彼は部屋に入ってきた僕らの姿を見ると、げんなりした顔で投げやりに言う。
「……待ちくたびれたよ」
その口調から察するに、彼はずっとここで待たされていたらしい。
「すまんな、山本。さて、話を始めようか」
先輩は詫びれた様子もなく、あっさりと言って向かいの椅子に座る。
目の前に座っているのは、鈍臭そうな男子生徒だった。
伏し目がちに先輩の方を見ているのは、たぶん緊張しているからなのだろう。
その気持ちは分からなくもない。
先輩は美人でグラマーだから、妙に威圧感がある。
切れ長の目で睨むように人を見るから、慣れないうちはおっかない感じがするのだ。
とりあえず部室から持参した急須で、これも持参した湯飲みに茶を淹れて出す。
「粗茶でございます」
相談者にお茶を出すのは僕らのルールだ。
少しは茶道部らしい事を、という先輩の発案で茶を振る舞う事にしている。
まあ、淹れるのは常に僕なんですけどね。
面倒くさい相談でないといいな、と心の中で願いつつ、彼女の隣に腰を下ろす。
「彼は二年の山本だ。クラスが違うので、私もあまり面識がない」
眠そうな表情の先輩が、ぶっきらぼうに紹介してくれた。
□
「これは先週の話なんだが」
湯飲みを置いた山本が、ゆっくりとした口調で話を始めた。
「朝、登校したら、俺の上履きがなくなっていたんだ」
「……それは山本さんがクラスメイトから苛めを受けている、という相談ですか?」
余計な刺激をしないよう、僕は言葉を選んで尋ねたのに、
「ああ、山本は苛められそうな顔してるもんな」
先輩が茶を啜りながら酷い事を言う。
幸い彼は気にせずにいてくれた。
「それが苛めなら、なぜ俺の下駄箱に新品の上履きが入っていたんだ? 無くなった上履きの替わりに、新品の上履き——つまりコレなんだが」
彼は僕らに見えるよう、右足を机の上まで上げてくれた。
ほんの少し汚れているが、確かに新品と言っていい代物だ。
僕の煮染めたような上履きとは色が違う
「誰かが自分の下駄箱と間違えて、山本さんの上履きを交換しちゃったって事ですか?」
「話はこれで終りじゃないんだ。体育の授業のためにロッカーを開けたら体育着が新品になっていたし、体育の授業が終わったらこの制服も新品になっていた」
言われてみれば、確かに彼が着ている制服は二年生とは思えない真新しさだった。
「それだけじゃない。音楽の授業で使うリコーダーが新品になっていたり、お昼にカバンを開けたら弁当が作り立てになっていたりするんだよ」
「……よく分かんないけど、弁当は作り立ての方がいいんじゃない?」
僕の言葉に、隣の先輩もうんうんと力強く頷いた。
「そうだな。前の日のお弁当は、うっかり食べるとお腹を壊す」
「あんときは酷い目に遭いましたね」
「ああ、油断してたよ。まさかあそこまでの危険物になっているとは思わなかった」
二人で顔を見合わせてしみじみとしていたら、山本に呆れたような顔をされてしまった。
「お前らは、いつもどんな食生活を送っているんだ?」
「まあ、僕たちの事はどうでもいいから」
横道に逸れた話題をさっくり戻す。