13-13 大本命
「まあ、貰ったのなら仕方ない」
少し落ち着きを取り戻した先輩が、息を整えながら言う。
ため息をついて顔にかかった髪をかき上げ、無言でコタツから立ち上がる。
「待って、先輩。チョコレートは?」
「もう柴田から貰ったんだ。それでいいだろ?」
僕を振り返りながらカチューシャを直して、当然のように言い放つ。
あんまりだ。先輩とクラスメイトの価値が一緒なわけないじゃん。
まあ三つ編みお下げの柴田さんもいろいろ気を遣ってくれたのは分かってる。
失礼もいいトコなので口に出したりはしない。
立ち上がった先輩がどこへ行くのかと思えば、少し離れた所に置いた紙袋を持ってすぐ戻ってきた。
コタツの上に置かれたその中には、プレゼントと思われる包みが大量に入っていた。
——これ全部、先輩がもらったのか?
先輩が同性にもモテるのは知っていたが、これはスゴイ。
バレンタイン撲滅委員に恨まれるのも納得の量だ。
こんなのわざわざ見せて、僕に自慢でもしたいのだろうか。
彼女は一番上に乗っている、小さな一口サイズのチョコレートを手に取った。
「ポチ、これはみゆきからだ」
そばにあったメッセージカードと一緒に僕の目の前に置く。
緑茶のイラストが印刷されたそのカードには丁寧な文字で、《今度、一緒に走りにいこう!》と書かれていた。
「よかったな、ポチ。デートの誘いだ」
つまらなそうに先輩は言うのだが、これ、デートなの?
「……みゆきさんて、インハイ出てましたよね?」
「うん。表彰台には上らなかったが入賞はしたぞ」
何だか自慢気に微笑むのだが、最初の30秒で背中すら見えなくなりそうだ。
「あとな、これは沙織からだ」
次に袋から取り出したのは透明なビニール袋にラッピングされたハート型のチョコレートだった。大きな文字で《大本命》と書かれている。
「やったな、ポチ。本命チョコだ」
「そんなの無表情に言われましても。あの人、彼氏いますから」
「それでコレはフッコからだ」
次に出てきたのは《対抗》と書かれたチョコだった。
……競馬じゃないんだからさ。
と思っていたら、さらに《大穴》と書かれた卑猥な形をしたチョコが出てくる。
「コレは宮本からだな。よく分からんが暖めてから使えと言ってたぞ」
「え? 食べるんじゃなくて使うんですか?」
しれっと先輩が言うもんだから、思わず突っ込む。
お願いだから食べ物で下ネタやるのは勘弁して欲しい。
「美化委員会の中村からも預かっているぞ」
と言って先輩が取り出したチョコには《大義理》と書かれていて。
なんか字、間違えてない? 言いたい事は分かるのだが誤字にしか見えない。
まあ《仏恥義理》とか書いてないだけマシか。
念のため言うと、これで《ぶっちぎり》と読む。エロ本図書館にあった本で覚えた。
それはともかく、みんな、何か余計なことをしないと気が済まないのか?
それともバレンタインのチョコとはそういうモノなのだろうか?
こういうの貰うのは初めての経験なので、正直よく分からないところがある。
あまりにも次々とチョコレートが出てくるので、だんだん怖くなってきた。
「……あの、いくつあるんですか?」
恐る恐る聞いてみたら、彼女は不思議そうに首を傾げて紙袋を指さした。
「いくつも何も、これ全部、君にだぞ」
「ええ? ちょっと待って。何ですか、それ?」
想定外すぎる出来事に頭の理解が追いつかない。
「この一年、君の世話になった者は多いからな。気に入った相手がいたら、告白してみたらどうだ?」
「とんでもなくクセのある人ばかりでしたよ?」
「大丈夫だ、このあと40人分以上あるからな」
先輩は平然とこっちの気が遠くなりそうな事を言う。
「もう面倒だから、全部出しちゃおうよ」
絢香さんがそう言って二つの紙袋の中身をコタツの上にぶちまける。
何ていうか、すごい量だ。
義理チョコだから1個ずつは大きくないのばかりだが、それが山積みになると迫力がある。
サクランボを型取ったチョコは宇宙人の恋人・高橋さんからだろうか?
そういう分かりやすさがないと、もう誰が何をくれたのか分からなくなりそうだ。
「あと、これはセイゴからだ。早めに食べろよ」
先輩は自分のバッグからスーパーにあるような半透明のビニール袋に包まれた物体を取り出し、コタツの上の空いてるところに乗せた。
「……何ですか、これ?」
どうみても生魚にしか見えなくて思わず先輩の顔を凝視する。
「アジ……だと思うが、あまり魚には詳しくなくてな」
「そうじゃなくて、なんでバレンタインに生魚くれるの?」
「いや、私もよく分からなくて……」
僕らが困惑していたら、突然絢香さんが大声をあげた。
「ねえポチくん、よく見て! この魚、口にベビーチョコをくわえているよ!」
大発見のように言ってから大笑いしている。
ひとしきり笑い終えた絢香さんは、義理チョコの山を改めて眺めて感心したような声を出す。
「すごいね、半分くらい手作りだよ」
「生魚は手作りじゃないですけどね」
「手作りの生魚とか不気味すぎるぞ。フッコが産むのか?」
想像すらしたくない事を先輩が言うので、ますますゲンナリする。
魚は卵生なのでフッコさんは生魚、産んだりしない。
「あのですね。この量は僕一人で食べ切れません。手伝ってください」
「あ、ポチくん、勘違いしてる。こういうのパッケージより中身、ずっと少ないよ。どちらかって言うとホワイトデーの心配した方がいい」
義理チョコの山を指差しながら絢香さんが教えてくれる。
とは言え、バレンタインに無縁だった僕に、ホワイトデーの知識なんかあるワケもなく。
「いちおう全員に《お返しはないぞ》と言っておいたがな。下手にお返しをするのも誤解の元だ」
途方に暮れかけていた僕に、あらかじめ先輩が助け舟を出してくれてた。
さすが先輩だ。すごく助かる。
尊敬の眼差しで彼女を眺めていたら、ふと思いついたように僕を見る。
「どうしてもお返しが必要になったら、ここで茶席でも設けたまえ。茶道部の活動の一貫にしてしまうのが無難でいい」
とてもありがたい提案なのだが。
あまりにも茶道部っぽい発言にビックリしてしまう。
先輩の口から部長みたいな言葉が出て来たのって初めてじゃないだろうか?
基本、やる気のないこの人に、ここまで配慮してもらえるなんて感動する。
とは言え、なるべく先輩に迷惑がかからないようにしないとな。
「えーと、とりあえず、これ、今日の茶菓子にしていいですか?」
ホワイトデーの事は後で考えるとして、まずはこの山をなんとかしないと。
腐る物ではないにしろ、放置していい物でもないだろう。
「あ、それなんだけどさ」
絢香さんが右手を上げて、左手で自分のバッグに手を伸ばす。
「今日の茶菓子はこれにしない?」
中から出て来たのは、キレイにラッピングされた箱だった。
けっこう大きいし、リボンまでかかっている。
コタツの上にある山とは、一目でハッキリ違うと分かる代物だった。
「……いいんですか?」
たぶん、そういうモノなんだろうと思って聞いたら、肩をすくめて力なく笑う。
「もう渡す相手がいないんだもん。持って帰りたくないし、一緒に食べてよ」
そのために和室に来たんだから、と言って乱暴にパッケージを破り出す。
その途中でふと手を止めて顔を上げた。僕と視線を合わせてヘラっと笑う。
「あたしの高校生最後の手作りだからねっ。心して食べて!」