2-2 健全な男子は下着が大好き
「どうして君はそこまで私の下着を嫌がるんだね?」
「普通、断りますよ、そんな話」
急須の茶葉を入れ替えながら淡々と返事をしたら、先輩はキレイに整った眉を顰めて不満そうに腕組みをした。
「おかしいだろう? 健全な男子は下着が大好きって聞いたぞ」
「どこで聞いたか知りませんが、それも時と場合によるんです」
あまりに偏った発言に呆れながら答えると、彼女は拗ねたような顔になって上目遣いにジッと僕を見る。
「……つまりポチは、私が嫌いなのか?」
「そんな事は言ってません! 人に聞かれたら誤解を受けるような発言は慎んでくれってお願いをしているんです!」
「ここに人なんか来るわけないだろ? 茶道部の部員は私たちだけなんだし、和室に用事がある人なんか他にいないぞ」
「そういう事を言っているんじゃなくて——熱いですよ。気を付けて」
注意しながら茶を淹れ直した湯飲みを手渡すと、それも彼女の不満の種になってしまった。
子供じゃないんだからと呟きながら、不愉快そうに湯飲みを口元へ運んでいる。
濡れたタオルをどうしようかと考えていたら、
「アチッ」
と声がしたので先輩の方へ顔を向ければ、困った顔で僕を見ていた。
右手の指をピッピッと振って滴を払っている。
紺のセーラー服も襟元が濡れていて、豊かな胸の周囲だけ布地の色が濃くなっている。
ああ、もう。だから言ったのに。
とっさにタオルを持った手を彼女の胸元へ伸ばすが、指先が触れる直前になって、とんでもない所を触ろうとしているのに気がついた。
……これ、まずいよな?
いくら胸元といっても、富士山の麓から五合目くらいの場所なのだ。
そっと先輩の顔色を窺うと、急にぎこちなく動きを止めた僕を、キョトンとした顔で見ている。
このまま触っても怒られなさそうな様子だった。
まあ、そんな勇気はとてもないけど。
黙って彼女の右手にタオルを渡すと、力を入れて制服を拭い始めるから、その豊かな胸が柔らかそうにたわんで動く。
——どさくさまぎれに揉んじゃえばよかったかな。
なんて後悔も浮かんでくるが、揉んだら揉んだで別の後悔をしそうだしね。
一生懸命に胸元をぬぐっている先輩の姿を見ていると、どうして彼女が世間で《クールビューティー》なんて呼ばれているのか理解に苦しむ。
美人だし、黙って座っていれば、そんな風にも見えるんだけどさ。
ひとしきり制服の染みを拭った後、淹れ直した茶を飲んでひと心地付けた先輩は、また不思議そうに小首を傾げた。
「君はどうして、そこまで私の下着を受け取れないと言い張るのだ?」
「その話、まだ続くんですか?」
呆れながら聞くと、彼女は当然と言わんばかりに頷いた。
「だってポチは下着が好きなんだろ?」
「そりゃ人並みには好きですけどね」
「なのに受け取らないってのは、つまり私が嫌いなのか?」
「だから、何でパンツを受け取んなかったら、先輩が嫌いって事になるんですか?」
膝立ちになって強く否定すると、先輩は肩を落として急にしょんぼりとしてしまった。
「しかし私の下着はキレイなんだし、他にどんな理由が……」
俯いた彼女は諦め悪く、いまだに口の中でぶつぶつ言っている。
何だかしおれた感じになっているのはどういうワケだ?
落ち込んでいる先輩の姿を見ていたら、いたたまれなくなってきた。
次第に受け取らないと悪い事をしているような気になってくるから不思議だ。
「あの、真面目に聞きたいんですが、先輩はもしかして、本気で僕に下着をくれると言ってるんですか?」
「なんだポチ。冗談だとでも思っていたのか?」
彼女はすぐに顔を上げて、嬉しそうに目を輝かせた。
「ん? ホントは欲しいのか? 匂い付きだぞ」
……そんな事を言われてもなあ。
いつまでも煮え切らない僕の態度に、そろそろ先輩は業を煮やしたのか、
「いい加減にしてくれ! 君が欲しいって言ってくれないと話が進まないんだよ!」
僕を見下ろして怒ったような顔になる。
「ポチ! 欲しいって言え!」
「あ、はい。欲しいです!」
つい反射的に答えてしまった。
「まあ、そこまで君が欲しいというのなら、私だって考えなくもないさ」
ニヤリと笑って立ち上がり、少し乱れたスカートの裾を払う。
先輩はあくまでも、僕が欲しがっている事にしたいらしい。
そりゃね、本音を言えば欲しいですよ。下着が、ではなく《先輩の》が。
ハッキリ言えば《先輩の》ならゴミだって欲しいくらいだ。
ましてや下着である。いつも身に付けている物だし、マジで貰えるのならとても嬉しい。
うん、ゴメン。いま気がついた。
僕、先輩の下着、すごく欲しい。
「ま、さすがにタダと言うワケにはいかないぞ」
見上げれば彼女は意地の悪い笑顔を浮かべながら僕を見ていた。
——ああ、そういう事か。
ようやく彼女が何でそんな事を言い出したのか理解した。
「……つまり、また何か面倒くさい頼み事があるんですね?」
確認のためにそう聞くと、先輩は正直にコクリと頷く。
「生徒会長なんかやるモンじゃないな。みんな、面倒ばかり持ち込んでくる」
サラサラの長い髪を気だるそうにかき上げながら、彼女は肩をすくめて見せる。
その言葉に今度は僕が大きくため息をつく。
「なら最初から普通にそう言ってください。先輩の話はいちいち回りくどいんですよ。真剣に悩んじゃったじゃないですか」
こっちの文句を無視して、先輩はしゃがんで僕と視線の高さを合わせる。
「私の下着は今回の成功報酬だ。依頼完了の暁には遠慮なく受け取ってくれていい」
「つまり先輩はどうしても僕を変質者にしておきたいんですか?」
いたずらっぽく笑った彼女はすぐに立ち上がり、僕に向かって右手を伸ばした。
「さあポチ。仕事の時間だ。私のために働いてくれ」