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13-8 圧迫感

 先輩が張り込みをすると言い出すのは想像していたのだが。

 まさか、そのために掃除用具入れを持ってくるとは思わなかった。


 絢香さんと二人でどこかへ行ったと思ったら、すぐに二人で担いで来たのは目を疑った。

 この人、何でこんなに掃除用具入れが好きなんだろう?

 昔、何かあったんだろうか?


「あんたたち、いつもこんな事してるの?」


 ワケも分からないまま掃除用具入れの裏に押し込まれた絢香さんが、困惑顔で僕らを振り返る。


「いつもってワケじゃないんですが……」

「ねえ、二人して体押し付けるのやめて! あたし小ちゃいんだから潰れちゃうよ!」


 押してるのは主に先輩なんですけどね。

 そもそも掃除用具入れの陰に三人で隠れようとするのに無理があるんだよ。


「あの、先輩。これはさすがに目立ちすぎなのでは?」


 隠れられていないし、廊下の反対側から来れば丸見えだ。


「仕方ないだろ。他に隠れられる場所がないんだ」

「何も無かった廊下に掃除用具入れが置いてあったら、その時点で不自然では?」

「だって掃除用具入れが無かったんだから、持ってくるのは当然の成り行きじゅないか」


「もしかして隠れるところ、掃除用具入れしか知らないんですか?」

「バカにするな。私だって隠れ場所くらい——」


 僕らを掃除用具入れに押し付けていた体を少し離して、グルリと辺りを見回してから、突然ピタッと口を閉ざした。

 気だるそうに長い髪をかきあげて、カチューシャの位置を直す。


「うん。やはり掃除用具入れしかないな」

「いや、待って! いま何も考えませんでしたよね?」


 僕の言葉を無視してまた体を押し付けてくる。

 そこまで掃除用具入れが好きなのか?


 隙を見てうまく逃げ出した絢香さんが苦しかったのか肩で大きく息をつき、


「陰に隠れようとするから無理なのよ。いっそ、この中に入ればいいじゃん」


 勢いよく掃除用具入れの扉を開けて提案する。

 でも、そのアイデアは却下したい。 


「それ、もう試した事があるのですが……」

「ああ、三人は無理って事?」


 扉を開けたまま、少し考えてから僕ら二人を交互に見比べる。


「なるほど! 胸大きすぎて入りきらないのか! でも、あたしとポチくんだけなら入れるかも。試してみよう!」


 すぐに僕の腕をとって掃除用具入れに押し込めようとしだした。


「あたしら中に入るから、あんたはその陰に隠れて——。悪かったよ! そんな寂しそうな顔しないで!」

「い、いえ。どうぞ、ごゆっくり」


 先輩のなんかズレた返事を聞いて、苦笑しながら絢香さんが手を離す。


 ちょっとホッとする。


 さすがに絢香さんと二人きりで掃除用具入れに隠れるなんて勘弁して欲しい。

 絢香さんは全体的に薄いから、案外とスムースに入れそうな気もするけど。


 そりゃね、僕だって男の子ですから、そういうの嫌じゃないけど、嫌だ。


「だから悪かったってば。別にあんたをハブにしようとか思ってないし! あんたじゃなくてポチくんだったのは、単に呼吸の問題なのよ!」

「わかってます。私は二人きりになると息苦しい奴ですよね」

「言ってないから! そんなの全然言ってない!」

「いえ、ポチも私のような圧迫感のある女よりは、絢香さんの方がいいに決まってます」

「先輩、そういうの勝手に決めないで!」

 

 二人で掃除用具入れに入るのなら、いろいろ圧迫されても先輩の方が嬉しいんだけど。

 むしろ圧迫して下さい、くらいは言いたいぞ。


 僕らが廊下で大騒ぎしていたら、後ろの方から地味な男子生徒が歩いて来た。

 怪訝な顔で僕らを見て、すぐに興味を無くしたようだ。

 そのまま僕らの横を通り過ぎて、無言のままチョコレート像に手をかけた。


 像が乗っている台座はキャスター付きだったらしく、軽く押しただけてすぐ動き出した。

 ごく自然な動作で、彼はチョコレート像をドコかへ持ち去ろうとする。


「待て! 勝手に持ち去るんじゃない!」


 慌てて先輩が声をかけると、彼は立ち止まって振り返る。

 あまりにも自然に持っていこうとするので、危うく逃すところだった。

 僕なんか、うっかり見てるだけになってたし。


「生徒会執行部だ! そこを動くな!」


 先輩が勢いよく胸を張って男子生徒を指差す。

 こういう時の先輩は声量も大きく、美人なだけに迫力がある。

 たいがいの者がこの一声だけで動きを止めるのだ。


 彼はちらっとだけ先輩を見ると、そのまま黙って立ち去ろうとする。

 この状況で先輩を無視できるなんて、いい根性してるなぁ。


 仕方ないから止めに行こう、と僕が思うよりも早く、先輩が走り出していた。


「だから待てと言ってるだろうが!」



 廊下中に響く先輩の大声にも怯まず、彼はそのまま立ち去ろうとする。

 階段前で追いつくと、その無防備な背後、足元へ向けて滑り込む。

 たちまち男子生徒はもんどり打って吹っ飛んだ。


 サッカーなら一発でレッドカードをもらえる見事さだ。


「よしっ!」


 スライディングタックルが決まって嬉しいらしい。

 彼女は廊下に転がったまま小さくガッツポーズをする。


 どうでもいいが、やるたびに上手くなってるな。

 最初は沙織さんに教わったとか言ってたが、密かに練習しているのだろうか。


「先輩、無茶しすぎです。怪我してませんか?」

「ああ、大丈夫だ。相変わらず君は心配性だな」


 笑顔を僕に向けて言うが、こんなの階段前でやる事じゃない。

 慌てて駆け寄り、立ち上がろうとする先輩に手を差し伸べる。


 後から歩いて来た絢香さんも呆れ顔だ。


「あんた、スカートでやる事じゃないでしょ?」

「大丈夫です。下にジャージ履いてますから」


 得意そうに笑って、指先でピラッとスカートを捲ろうとしてから僕の視線に気づいてやめる。

 見られるの嫌なら、そもそもやめて欲しいんだけどな。


「さて、いろいろ聞かせてもらおうか」

「まず相手の怪我を心配しましょうよ!」


 ホント、無茶してる自覚がないんだから。

 男子生徒が倒れた時、頭を打ってないのは見てたんだけどさ。

 万が一ってあるじゃん?


 苦言を言う僕の肩を叩いて絢香さんが笑う。


「ま、ダイジョブでしょ。こいつ、電子工作部だから受け身上手いし」

「いや、それ、何も関係ありませんよね?」


 どんな電子工作してるんだよ、それ。

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