表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/154

13-7 胸がない

「ねえ、ポチくん。次の生徒会長やらない?」

「はい? 唐突に何ですか?」


 説明するより見た方が早いよ、と絢香さんが強く言うので、僕らは連れ立って和室を出た。


 あたしに付いて来いっと前を歩く絢香さんの後ろで先輩と雑談する。

 あえて、彼女が見つけた《変なもの》には触れないで廊下を歩く。


 そしたら前を歩いていた絢香さんが突然僕らを振り返って放った言葉だ。


「いろいろ考えたんだけどさ。それが一番いい気がするんだ」

「ああ、それ、私も考えてました。よい考えだと思います」


 生徒会長? 僕が? 何で?

 何がよい考えなのかさっぱり分からないが、二人は顔を見合わせて笑っている。


「えーと、僕、執行部の人間じゃないんですけど?」


 及び腰になって言うと、絢香さんは立ち止まって肩をすくめた。


「あたしもこいつも執行部に入ったことなんてないよ?」

「ポチ、うちの執行部は部活なんだ。選挙で選ばれる役員とは扱いが違う」

「え? そうなんですか?」


「そうそう、あたしら生徒会の役員だけど執行部員じゃないの。そこだけ厳密に言えば帰宅部」

「今は茶道部に入ってます」

「そうだった」


 ケラケラ笑って、また歩き出す。


 ……そう言えば以前、絢香さんが『あたし会長やめたから、もう執行部とは無関係』と言ってたな。

 あれは引退とかじゃなくて、立場とか権限の話をしていたのか。


 そのワリには好き勝手してるように見えるけど。

 いまですら生徒会室に入り浸ってるし、想像もつかなかったよ。


「ああ、そうだ。生徒会長やるとね、ちょっとしたメリットもあるよ」


 後ろ歩きで振り返りながら絢香さんは話を続ける。


「生徒会長やってた生徒には、指定校の推薦枠を優先的に回してもらえるの」

「え? 何ですか、それ?」

「生徒会長は実績になるのよ。それで毎年、うちの生徒会長は同じ大学に入ってる」


 そういうものなのか?

 進路なんて考えたことなかったから、推薦制度の仕組みとか全く分からないのだけど。

 という事は先輩も絢香さんと同じ大学に行くのだろうか?


「それ目当てで生徒会長に立候補するヤツがいるのも毎年の事だしね。そういうヤツを阻止するために、執行部の息が掛かった候補を立てるのもいつもの事で」


 まあ進路のことしか興味ない奴が会長になっても色々と困るよな。

 先輩が生徒会長に立候補したのは、そういう事情もあったのか。

 やりたくないってボヤいてたもんなぁ。


「ポチくんがその気なら、いまの執行部にはあたしからも根回ししとくよ」

「ポチの世話になった生徒も多いですしね。たぶんポチなら、執行部も文句言わないぞ」

「そしたら三人で同じ大学通おうよ」

「いいですね」


 同意もしてないのに、なんだか勝手に話が進んで行く。

 ホントに進路のことなんか何も考えてなかったんだけどな。

 そもそも生徒会長って何するのか知らんしな。


 でも先輩が楽しそうに笑っているので考えておくことにしよう。



          □



 話しながら階段を登り、三階の廊下の角を曲がってすぐの所にそれはあった。

 90センチ四方はありそうな大きな台座に載せられ、廊下のど真ん中に堂々と鎮座されていた。


「……えーと、どういう事でしょう?」


 僕らの目の前にそびえ立つのは、先輩の等身大チョコレート像だ。


 絢香さんが《変なもの》と言ってたからあれこれ予想していたのだが。

 さすがにこれは想像してなかったぞ。


 言葉を失っている僕の肩を先輩がポンと叩く。


「なあ、ポチ。いくら私のことが好きだからって、こんな物を作るのはどうかと思うぞ」

「作るワケ無いでしょ、こんな物」


「うん、むしろ君だったらいいなと思って言ったのだよ。さすがにこれは気持ち悪い」

「マジで似てるのが怖いよね。ほんと、どういうつもりで作ったんだか」

「……絢香さん、私はこっちです。間違えないでください」


 二人は呆れ返りつつも、のんきな会話を見せている。

 むしろ『よく出来てるよねー』とか感心すらしているのだが。


「いや、でもこれ本当に先輩なんですか?」


 すごく似ているのは確かだ。

 顔も似てるし、身長もほとんど同じなのだが。

 

 胸がない。


 先輩の豊かな胸が真っ平らになっている。

 これでは先輩と言えないのではないだろうか?


 先輩も改めてチョコレート像を観察し、胸の下で腕組みをする。

 うん、大きさの違いが明らかだ。


「ふむ。私はこのくらいの方が嬉しいのだがな」

「でもこれ、かなり真っ平らだよ」

「いや多少はありますし、こんな感じが私の理想です」


 二人でチョコレート像を眺めながら胸の品評会を始めてしまった。

 案の定で僕にも話を振ってくる。


「ねえポチくん、君はどっちの胸が好き?」


 どう答えてもメンドくさい事になりそうな質問は無視して、チョコレート像を観察する。

 ……この雰囲気、なんとなく覚えがあるぞ。


「あ、わかった! これ、文化祭の時ですね」

「よく分かるな、そんなの」


 驚く先輩に向けて、チョコレート像を指差しながら解説をする。


「半袖の夏服だから、衣替えより前です。それにクリップボードを持っていますし、珍しく髪を後ろでまとめてます。左腕に執行部の腕章があって、胸元のネームプレートのつけ方がちょっと違いますが、おそらく文化祭二日目午後の取り締まり中ですね」


 なるべく分かりやすく解説したつもりだったのだが、気がつけば二人とも固まったようになっている。


「あの、どうかしました?」


 上履きの履き方の違いとかも説明した方がいいのだろうか?

 悩んでいたら、絢香さんがため息とともに呟く。


「……ちょっと引いた」

「うん。私だってそんなの覚えてないぞ」


 そんな驚くような話かなぁ。

 髪を纏めているのがすごく印象的だったから、よく覚えてるだけなんだけどな。

 

「しかし、これ、よくできてますね」

「あまり胸のあたりをジロジロ見ないでくれ。恥ずかしいよ」


 先輩は両腕で自分の胸を抱え込むように隠して身を捩る。

 先輩とは似つかない胸でこれなら、チョコレート像のスカートの中を確認したらどうなるのだろう?


 やりませんけどね。

 ロクな事にならないのは分かってる。


「こんなの、どうやって作ったんだろう?」

「料理研とかじゃないんですか?」

「あそこは自分で食べたい食いしん坊の集まりだよ。こんなの作るワケないって」

「彫刻として考えたら美術部とかの線もありますね?」

「ああ。美術部は作れそうだね。あんたの像を作る意味はわかんないけど」


 先輩たちの興味は製作者へ移っていくが、ちょっと違う気がするな。

 二人の前に出て、チョコレート像の足のあたりを指差した。


「これ、たぶん3Dプリンターで作ってます。特徴的な横縞模様が全身に入ってますから」

「そうなのか? 私は3Dプリンターに詳しくないのだが、こんなものが作れるのか?」


 そう聞かれると全く自信がない。

 僕だって3Dプリンターなんかよく知らない。


 ネットで見た画像とよく似た感じだったから、当てずっぽうで言っただけだ。


「食品用のもあったと思います。手作業にしては、よく出来すぎてるんですよ」


 大した根拠じゃなかったけど、先輩は納得してくれたらしい。

 絢香さんと視線を合わせ、何やら考え込んでいる。


「ふむ。確かに3Dプリンターなら作れそうだな。問題はこのサイズと、素材にチョコレートを使えるかになるのか?」


 独り言のように呟いてから頷いた。


「怪しいのは電子工作部だな」

「そだねー。校内で変な自作機械を作れるのなんてあそこくらいだ」

「先輩が省エネ委員会の時に絞ったから、恨みに思われましたかね?」


 嫌がらせとか、これにイタズラして辱める目的なのか。

 だとしたら、ちょっと許せないな。


「ま、さすがにここに置いて終わりじゃないでしょ。まだ何かあるハズだよ」


 絢香さんの意見に先輩も同意する。


「仕方ないな。いつもの手を使うか」

「待って、先輩。その前にちょっといいですか?」


 もう先輩が次に何をするのか予想は付くけど、その前にやっておきたいことがある。


「うん? 犯人が戻ってくるかもしれないから手短にな」

「すぐ終わります。これ、写真にとるだけですから!」

「……手短にな」


 そんな呆れた顔しなくたっていいじゃんか! 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ