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13-6 人柄ってのは柄模様の一種じゃない

「ふむ。いまいちだな」

「これ、舌触り酷いよ。そのままの方がマシなレベル」


 コタツの向かいにいる先輩が眉間に皴を寄せた。

 右隣にいる絢香さんも大きく頷いて同意する。


 とりあえず作ったところで休憩になったのだが、試食している二人の評価は散々なものだった。

 結局、作ったのは全部僕なんですけどね。


「初めて作ったのに注文厳しいですよ。けっこう難しいんですから。テンパリング専用の台もないし、僕にはこの辺が限度です」


 二人にお茶を出しながら言いワケをしてみるが、先輩はため息とともに首を横に振る。


「しかし、絢香さんが贈るチョコだぞ。変なモノを作ったら名誉に関わる」


 繰り返しになるけど、作ったの僕なんですが?


「これ、本当に《絢香さんの手作りチョコ》として贈るんですか?」

「まあ、君の言いたい事は分かるがね」


 湯呑みのお茶を飲みながら先輩が言う。


「本物の《絢香さんの手作りチョコ》なんか、そこらの男にやれるワケないだろ。ポチが作ったので充分だ」


 ……ダメだ、この人。

 絢香さんが好きすぎて、何がしたいのか見失ってないか?


「あたしはポチくんの手作りチョコ食べられて嬉しいよ!」


 絢香さんもお茶を飲んで適当な事を言い出してる。

 もしかして僕は二人のおやつを作らされているだけなのでは?


「まあ、そんな顔しないでよ。こういうの一緒にやるの、憧れてたんだから」

「一緒にやってませんよ! 全部、僕一人でやってました!」

「だって、あたしがやったら一瞬で終わっちゃうもん」


 言われた意味が分からなくてキョトンとしてたら、正面の先輩がつまらなそうに言う。


「絢香さんは料理全般、かなり上手いぞ」

「え? そうなの?」

「クッキーとかよく焼いてるじゃん? ポチくんにもあげたよ」


 たまにスカートから出てくる、むき出しのクッキーがそれか。

 つまり、お菓子作り、僕よりずっと詳しい、という事で……。


「わざわざ僕に失敗させてないで、自分で作りましょうよ!」

「取り返しがつく失敗は楽しい青春の一ページだよ!」


 コタツ板に手をついて膝立ちになった僕に、絢香さんはビッとサムアップして答える。


「僕の失敗は、そのまま絢香さんの失敗に繋がるの、分からなくなってない?」

「こういうのって上手にできない方が可愛げあるじゃん?」


 言うと同時に膝でスッとコタツから離れて、両手で持った湯飲みを僕に差し出す。


「あの……うまくできなくて自信ないんですけど、受け取って下さい!」


 不安げな瞳で訴えかけるように見上げてくる。

 グッと来るものもあるが、それで空の湯飲みを渡されてもな。


 とりあえず湯飲みは受け取ってお茶を淹れ直す。


「そういうの好きな人もいるかもしれませんが、僕は普通に美味しいものが欲しいです」

「ん、覚えとくよ」


 軽く肩をすくめて、また失敗チョコレートに手を伸ばす。


 美味しくないと言いながら、全部食べ切ってますよ、この人たちは。

 もう材料使い切ったのに、どうするつもりだ。



          □



「ちょっと材料調達してくる!」


 明るい声で宣言して絢香さんは和室を出て行った。

 学校の近所は全滅と言っていたのだが、どこまで行くつもりなのだろう。


 すぐ戻って来ると言ってたし、とりあえずお茶の用意はしておこう。

 絢香さんの湯呑みは一度洗っておこうと思い、立ち上がろうとしたら先輩が咎める目つきで僕を見ていた。


 ……僕、何かやらかしたっけ?

 頭の中で絢香さんとの会話を反復してみるが、心当たりがない。

 もしかして絢香さんの湯呑みだけ洗おうとしたのが良くなかったのか?


「先輩、その湯呑みも一度洗いますから——」

「意外に君は冷静だな」


 先輩の湯呑みに手を伸ばしかけたら、険のある声で咎めるように言われた。


「こんな話を聞いて、よく平静でいられるな」


 ……こんな話?

 バレンタインデーにチョコレートが売ってないのは、そんなに大変なことなのだろうか?

 そういうの縁ないから分かんないんだよな。


 立ち上がろうとした僕の袖を掴んで、先輩は無理やり僕を座らせる。

 

「君は、どんな男なのか気になったりしないのか?」


 ……いや、そんな顔を近づけて小声にならなくても。


「私はすごく気になるぞ。絢香さんの彼氏になるかもしれない男だからな。ふさわしい奴じゃなかったら、どうしようかと考えてしまう」


 近い位置に座ったまま身を捩るもんだから、こっちが気をつけないと色々当たってしまいそうだ。

 さっきから、この人、絢香さんを応援する気ないのかな?


「えーと、もしかして、絢香さんに彼氏ができるの嫌なんですか?」

「いや、別に嫌というワケではないのだが……」


 そこまで言って先輩は黙り込み、何かを考え込む。

 やがて意を決したように顔を上げた。


「うん、嫌だ。だって、もったいないじゃないか。あんな可憐な美少女が見も知らぬ男の毒牙にかかってしまうかもしれないんだぞ」

「そう言われても、相手がどんな人なのかも知りませんし」


 話を聞く限りだと《ドスケベのクズで、自分にしか興味ない変態》らしいけど。

 ……うん、なんか大丈夫なのか不安になるな。


「相手がどんな奴かなんて関係ない! 私の絢香さんに手を出す奴なんか許せるわけがないだろ!」

「先輩のってわけでもないと思いますが……」

「どこぞの男に持ってかれるくらいなら、まだ君の方がマシなくらいだ」


 憤懣やるかたない様子でいうが、そんな事言われても嬉しくない。

 僕が好きなのは先輩だし、よく知らん変態と同列に扱われてもなぁ……。


「もしかしたら絢香さんは騙されてるのかもしれない」


 呆れているうちに変な方向へ考えが進んでしまったらしい。

 僕の顔を見て大真面目な顔で言う。


 ——だから顔、近いんだってば。


 絢香さんがいるとそうでもないのに、二人きりだと気が緩むのかなぁ。


「なあ、ポチ。手作りチョコレートに何を仕込んだらいいと思う?」

「……え? 仕込むって何? 怨念とかの話ですか?」


 さっきの話の続きかと思ったが先輩は首を横に振る。


「一口で絢香さんに興味をなくし、二口食べたら記憶が飛ぶような代物がいい」


 どんなヤバイ薬だよ。

 そんなのココにあるワケない。


「えーと、そういうのはオカ研の宮本さんに相談した方がいいのでは?」

「そうだな。ちょっと行ってくる」

「待って待って、先輩! お願いだから正気になって!」


 ホントに立ち上がって行こうとするから、先輩の腕にすがって必死で止める。


 何を提案されるか分かんないし、本当にそんなものが出てきたら大事だ。

 そうでなくても、あの宮本さんにこんな話をしたら絶対にややこしくなる。



          □



「料理研からブン取ってきた!」


 製菓用チョコレートの包みを高らかに掲げて絢香さんが戻ってきた。

 興奮している先輩を抑えるのに苦労してたから、戻って来てくれたのがすごく嬉しい。


「今日は絶対にチョコレート作ってると思ったんだよ。いや、読みが当たって嬉しいねっ!」


 弾むような足取りでコタツに戻って《戦利品》を見せてくれた。

 何ということも無い製菓用チョコレートが目の前に広げられる。


「残念ながら、あんまり分けて貰えなかったんだ」


 さっそく僕にお茶を要求して自らの活躍を語り出す。

 この人のこういうトコ、ホント子供っぽいよな。

 手早く淹れたお茶を絢香さんに手渡すと、口元だけで微笑んで礼のような仕草をしてくれる。


「料理研の鈴木に掛け合ったんだけどさ。メンドくさそうにひとかたまり放り投げてよこして、追い払われちゃったよ。あいつ、あたしに当たりキツイよね」

「それ、けっこう親切にしてくれたのでは?」


 嫌な顔一つで分けてくれたなら、けっこうサービスしてくれたと思う。

 だけど先輩はそう受け取らずに苦笑いしている。


「料理研のフッコは絢香さんにライバル意識を持ってますからね」

「え? そうなんですか?」


 何となく意外だったので聞き返す。

 フッコさんの事は覚えているが、何で絢香さんにライバル意識を燃やすんだろう?


「フッコは《小さいあたしってカワイイ》って思ってるんだよ。小柄なのが自慢なんだ。だから、もっと小柄で可愛らしい絢香さんをやたら意識してるんだ」


「絢香さんの可愛らしさは、身長とかじゃなくて人柄だと思いますが……」

「やめてよー、あたし、そんな柄の服、着てないよー」


 湯呑みを持ったまま絢香さんが僕の肩を叩く。

 これで中身をこぼさないから器用なもんだ。

 人型の柄模様については突っ込まないことにする。


「もう、褒められると照れるからカンベン、ね」

 手で顔を扇いで言ってるけど、クネクネしてないから大して照れてもいないのだろう。


「あたし、身長にはすごくコンプレックスあるんだけどな。小さいのが自慢とか、分かんないよ。せめてあと10センチ欲しかったのに」


 絢香さんが《あと10センチ》では、まだ充分に小柄なんですけどね。


 ひとしきり嘆いて見せた後で、絢香さんは大きくため息をついた。


「それでさぁ、ちょっと聞いて欲しいんだけど」


 そこで言葉を切って、コタツの上に湯呑みを置いた。

 僕ら二人の顔を見ながら力なく笑う。


「三階の廊下で変なもの見つけちゃったんだけど、どうしよう?」

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