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13-5 愛情は塊で

「この辺一帯のチョコレートを買い占めてる生徒がいるらしくてね。ホントにどこにも売ってないのよ」


 コタツ板に胸をつけてペタッと倒れるようにして絢香さんが嘆く。

 キレイにペタッと張り付くようにできるのは絢香さんならではだ。

 先輩だとこうはならない。


「えーと、明日はバレンタインですよね?」


 ふと思いついたことを口にすると、二人は怪訝な目で僕を見る。


「今さらの話なんですけど。うちの生徒が買い占めているって事は、クリスマスみたいに《バレンタイン撲滅委員会》みたいのが動いてるのでは?」


 嫌がらせ目的で、手作りチョコレートを作らせないように買い占めてるとか思ったのだが。

 先輩は静かに首を横に振る。


「いや、その線はたぶん無いな」

「そういうのは昨年取り締まったから」


 コタツに伏せたまま、絢香さんがヘラっと笑う。


「クリスマス撲滅委員会には残党がいましたけど」

「大丈夫だと思うよ。一度殲滅しちゃえば、再結集は難しいと思う。みんなけっこう義理チョコ配ってるし、クリスマスほど不満がないのよ」


 ……なるほど。義理チョコか。

 そんなものも世の中にはあるらしいと聞いてはいるが、縁がないから盲点だったな。

 先輩が胸の下で腕組みをして言う。


「店頭購入で買い占めならどっかの部活の連中だな。非公認の団体じゃない」

「そだねー。年度末の監査、頑張らないと」


 絢香さんも疑問なく同意するので、不思議そうな顔をしていたら先輩が補足してくれた。


「ああ、執行部は部費でネット購入を推奨してないんだ。以前にトラブルがあってな」

「部費でチョコレートとか、許されるんですか?」

「そんなワケないだろ。絢香さんが監査頑張れって言ったのはそういうことだよ」


 ああ、執行部の仕事が増えたって言ってたのか。


「まいったなぁ。さすがに板チョコ一枚すら手に入らないとは」

「そもそも話が急なんですよ。もっと前から準備してれば、こんな事にならなかったのに」

「今日思いついたんだから仕方ないじゃん! 先生みたいな説教しないでー!」


 当たり前の事を言ったつもりだったが、言っても意味のない、いまさらの話だった。

 それが癇に障ったのか、不満げな顔で睨むように僕を見ている。

 険悪な雰囲気を見かねたのか、先輩が『ちょっと待て』と言って自分のバッグを引き寄せる。


「仕方ないな。絢香さん、これを使ってください」


 中から出てきたのは可愛らしいラッピングを施された小箱だった。


「明日、ポチにあげようと用意していたチョコレートです。この際ですから使ってください」

「……え? いいの?」


 絢香さんは先輩ではなく、僕の方を向いて聞いた。


「いいに決まってます、ポチだってこんな事で文句を言いませんよ」

「えー、ポチくんがそう言うなら、いいんだけど……」


 言ってないし、文句言いたいよ!

 それ、今回の報酬って言ってなかった?


「……ホントにいいの?」


 ちろっと上目遣いで顔色を伺うように僕を見る。

 ちくしょう。こういう時、童顔は卑怯だ。


「絢香さんのためです。ポチだって応援したいに決まってます」


 僕は何も言ってないのに、勝手に気持ちを代弁しないで!

 と思ってもこの状況で反論できるはずもなく。


 まあね。問題なのは物じゃない。気持ちだ。

 先輩が僕に用意していた、その事実だけで満足しよう。


 うん。もちろん負け惜しみだ。


「いいですよ。どうせ毎年縁がないんです。それ、使いましょう」

「えー、なんか悪いし……」

「いやもう、さっさと使いましょう。決めるのに時間かけると、すごく後悔しそうですから!」


 有無を言わさずコタツの上に置かれた箱を絢香さんに押し付ける。

 その言い様に、絢香さんは僕の体にもたれかかって大笑いする。


「ありがとう。ポチくん、大好き」

「そういうのはチョコレート渡す相手に言ってください」

「ん、そうする」


 くっついてくる絢香さんを片手で無理やり引き剥がすと、彼女は素直に頷いた。

 先輩がすまなそうに頭を下げる。


「ポチ、すまんな。義理チョコすらゼロの人生は今日で終りのハズだったのに」

「あれ? これ義理だったの?」

「いけませんか? たっぷり怨念は練り込みましたが」


 アハハ、あんたもしつこいもんね、と絢香さんが笑っている。

 怨念の入った義理チョコとか、何かの嫌がらせですか?


「ま、義理だと言うのなら遠慮なく」


 彼女はあらためて机の上にチョコレートの箱を置いてセーラ服の袖を捲る。


「さて、これで何か作るぞー!」 


 大きな声で宣言した。

 ……チョコレートしかないのに何を作るのか決まってないのか。



          □



「えーと、まず湯煎ですよね」


 スマホで大まかな作り方を調べ、まな板と包丁を取り出す。

 チョコレートを千切りにしようとしたら、そのチョコレートが見当たらない。


「あれ? 先輩、ここにあったチョコレートはどこへ……」


 振り返ると絢香さんがチョコレートを塊のまま齧っていた。

 僕と視線が合うとバツの悪そうな顔でまな板の上に塊を戻す。


「やだな、味見よ、味見」


 照れたような笑顔で言うが、人にあげるものを作ってるんだよ?

 仕方ないから絢香さんが齧ったあたりは包丁で削いで彼女にあげる。


「ん、ありがとう」


 嬉しそうに受け取って礼を言われるから力が抜ける。

 この人、真面目にやる気があるんだろうか?


「いいな、ポチ。私にも少しくれ」

「量が少ないんだから、無茶言わないでください」


 あげないと煩そうだから、同じくらい削いだけどさ。

 こんなことしてたらあっという間になくなってしまいそうだ。


 もはやどうでもいい話だが、先輩が差し出した箱の中身はただのチョコレートの塊だった。

 どういう意図でこんなのを僕に渡そうとしたのか理解に苦しむ。


「私は料理が下手だからな」


 と先輩は照れ臭そうに言っていたが、そういう問題なのか?


 千切り作業を始めた僕の手元を、二人が横から覗き込んでくる。


「ほう、上手いもんだな」

「あんま料理はした事ないですけどね。ここらは体力勝負の部分ですから」

「いやいや、手際いいよ。さすが茶道部だね」

「こんなの茶道と何の関係も——。あの、あまりくっつかないで貰えませんか?」


 二人ともかなり体を寄せて覗いてるので密着度が妙に高い。


「このキッチン、狭いからよねー」

「まあ本格的な料理をする事は考えて無さそうですし」


 なにやら言い訳のような会話してるけど、正直に言って邪魔にしかなってない。


「絢香さん、好きな人いるんですよね? いろいろ誤解されるとよくないですから、もう少し離れて」

「ん、君のそういうトコ、いいなって思うよ」

「言ってる傍からくっつかないで! 僕、いま包丁持ってますし!」


 刃物を持ってるとうっかり動けなくて、されるがままになってしまう。

 下手なことして怪我させるわけにもいかないし、困るんだけど。


 危ないって言ってるのに、もたれかかるようにして上目遣いで笑う。


「やだな、こんな事するの、ポチくんだけだよ」

「はいはい。そういう事にしときましょうね。こんなトコ田中さんに見られたら、嫌われますよ」

「ん? ああ、そうだね! 気をつけるよ」


 それでようやく離れてくれた。

 これ、便利なフレーズだから覚えとこう。


 ……この人、もうすぐ卒業なんだけどね。

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