13-4 作戦会議
「ねえ、ポチ君は手作りとお店で売ってるの、どっちがいい?」
クッキーをくわえた絢香さんが僕を見る。
いちおう、今は《作戦会議》ということになっているのだが。
さっきまでのしおらしい態度はどこへやら。
コタツの上に片ひじをついた姿勢で、クッキーをむさぼり食っている。
ちなみに先輩は、そんな彼女を生暖かい視線で見守りつつお茶を飲んでる。
まったりムードを全身から出していて、全く役に立ちそうもない。
「あたし、手作りにしたいんだけどさ」
「手作りって貰って嬉しいものですかね?」
何となく思ってた事を口にしたら、顔の前でクッキーを振って《わかってないな》のジェスチャーをする。
「あのね。手作りってのは手間かけたことに価値があるの」
「怨念とか入ってそうですね」
「あー、あたし、しつこいからそういうの入っちゃうかも」
湯呑みのお茶を一息に飲み干してアハハと笑う。
「絢香さんて執念深いですよね」
「ん、褒められたと思っとくよ」
湯呑みを僕に渡しながら、絢香さんは明るい笑顔で肩をすくめた。
「ま、それはいいんだけどね。実際、手作りチョコレートを作ろうと思ってみたんだけど。困った事に、どこにも材料が売ってない」
お手上げ、と言わんばかりに両手を挙げた。
「でもチョコレートなんて、どこでも手に入りそうですけど」
「手作り用だと、余計なものが入ってないのか基本じゃん? なのに製菓用のから板チョコまで、手作りに使えそうなのが全滅。困っちゃって」
「ふむ。今年は手作りチョコが流行っているのですかね」
湯呑みを手で弄びながら、のんびりした声で先輩が言う。
そうか、そんなものにも流行もあるのか。
あまり関係ないが覚えておこう。
「結局、絢香さん、最初からあげる気満々でしたよね?」
「そうなんだけど。やっぱ恥ずかしいし、材料は手に入んないし」
少し突っ込んだだけでクネクネしだしたので、あまり追求しないでおこう。
「えーと、贈るのはチョコレートじゃなきゃダメ、なんですか? 告白イベントの体験として考えたら、チョコレートにこだわる理由もないと思いますが」
「いや、さすがにそれはダメだろ」
言いながら先輩も湯呑みを渡してくる。
さっきから手の中で弄んでるとは思っていたが、おかわりが欲しかったらしい。
「しかし差別化を考えたら、チョコレートにこだわらない方がいいのでは? 大同小異というか、チョコレートで差別化は難しいと思いますが」
「うん、その発言だけで、君が本当に貰った事がないのは分かった。君の理屈ならバレンタインにこだわる理由もなくなるぞ」
まあ、そうか。
告白イベントという部分だけに焦点を当てすぎてた。
「それにさ、バレンタインにチョコレート以外っていうと何あげたらいいか分かんない」
「えーと、恋愛成就の壺ならありますけど」
部屋の隅に鎮座している置物を指差すと、絢香さんはちょっと慌てて右手を僕に見せる。
「いらないから。そのシリーズの指輪持ってるから」
「でも、それ僕が加工しちゃったから、きっと神通力無いですよ」
「あるある。すごい神通力あるから。壺欲しくない」
友人の宮本さん由来なのに、ものすごく嫌がっている。
まあ僕らも持て余してるんだけどさ。
そのワリに指輪は大事にしてくれるんだよな。
「あげるならチョコレートで。ここ譲れないから!」
□
「問題はチョコレートに付加価値をどうやって付けるかだ」
胸の下で腕組みした先輩が少し話を整理する。
そのチョコレートが手に入らないんですけどね。
「何も凝らなくても、普通の男子なら絢香さんから貰った時点で強い付加価値が勝手についてしまうのでは?」
普通の男子生徒なら、中身よりも《誰から貰った》の方が重大だよな。
美少女で名高い絢香さんなら、たいがいの男は喜ぶだろう。
「いやぁ、ポチくんがあたしを高く評価してくれるのはうれしいけどさ」
淹れ直したお茶を受け取りながら、彼女は残念そうに言う。
「彼、あたしにあまり興味がない人だから」
「その人、周りの人全般に興味ないのでは?」
この人に愛情の籠ったプレゼントを貰って嬉しくないってどんな奴だ?
クズというより、やたら自己愛の強い変態みたいな人物像になってきたぞ。
そういう人物を無理やり振り向かせるなら、かなりの力技しかないのでは。
「もういっそ絢香さんにチョコレート塗って、それでいいんじゃないですか?」
先輩にもお茶を渡しながら投げやりに言ったら、二人が黙って顔を見合わせている。
あ、しまった。これ、セクハラ発言だったかな?
先輩はともかく、絢香さんはそこまで気安い仲じゃないし、油断したかも。
「……それはアブノーマルすぎやしない?」
「うん、さすがポチだ。そういう発想は私たちから出てこないぞ」
二人が苦笑しながら僕に異議を挟む。
よかった。怒ってない。
「しかし絢香さんにチョコレートは面白い。どうです? せっかくのポチからの提案です。型とってレプリカでも作ってみますか?」
「それなら、あんたの方が喜ばれるんじゃん?」
絢香さんが先輩の胸を指差して言うと、彼女は両腕で胸を隠すように抱え込み、すごく嫌そうな顔をする。
「いや。待ってください。私はそういうのはちょっと」
「ポチくん、こいつの型取ったチョコレート欲しいよね?」
屈託のない笑顔で答えにくい事を聞いてくる。
そんなん分かり切ってるじゃん!
絶対に口にしないけど。
「……ポチ。明日、そう言うのを期待されても困るぞ?」
「たぶん食べ切れませんので、結構です」
見栄を張って言ってたけど、ちょっと後悔。
自分に正直になるって難しいよね。
先輩の胸チョコに思いを馳せる暇もなく、絢香さんが楽しそうに僕の肩を叩く。
「やだな、そういうのは観賞用だよ。舐めたりしないの」
「私の胸は観賞用じゃないです」
「実用向けってこと?」
「じ、実用って何する気だ、ポチ!」
なんで僕に聞くのかな?
言って怒らないなら、いま思ったことを正直に言うけど。
「あの、絢香さん。あまり先輩をからかわないでください。話が進まなくなります。まずチョコレートが手に入らない状況を解決しないと」
ややこしくなりそうだったから無理やり話を戻す。
「ふむ、チョコレートは諦めて、絢香さんにリボンをつけて贈るということか」
……あまり戻せなかったようだ。
「あんた、あの事、根に持ってる? それ言うなら、あたしと抱き合わせであんたもセットで贈るからね!」
「待ってください。勝手に先輩を抱き合わせにするのは良くないです」
「そうかな? 喜ばれると思うけど?」
「ビックリしますよ。持て余しそうですし」
「そうか、ポチは私を貰ったら持て余すのか……」
「待って、そういう話してないから!」
「ポチくんは、あたしがリボンかけて『食べて』って言ったら嬉しい?」
「怖いです。何を企んでるのかとドン引きします」
「ねえ、あたしのこと何だと思ってるのか、一度本気で聞かせて欲しいんだけど?」
もう話が進まないたらありゃしない。