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13-3 クネクネ

 コタツに入った絢香さんが居心地悪そうに縮こまっている。


 もともと小柄なんだから、そこまでして小さくならなくてもいいのに。

 なんて考えも浮かぶが、気恥ずかしいのは分かる。


 こういう絢香さんを見るのは初めてだから、つい珍しくてじっと見てたらバチっと目があった。

 いつものように軽口でも叩くかと思ったのに、真っ赤になって俯いてしまった。


「粗茶ですが」

「あ、はい……」


 お茶を目の前に出すと、さらに恐縮したように縮こまる。

 誰だ、このしおらしい人は?


「えーと、本当に絢香さんが相談者なんですか?」 


 絢香さんを凝視したまま、思わず先輩に確認してしまう。

 聞かれた先輩は長い黒髪をかきあげてから、縮こまってる絢香さんを指差す。


「君の疑問はもっともだがな。絢香さん本人で間違いないぞ」


 そうか。目の前にいるのはニセ絢香とか、そんなんじゃないのか。

 感心している僕に向けて、先輩はつまらなそうに呟く。


「まあ、君はこの人のこういうところを見る機会がなかったからな」

「照れ屋なのは知ってましたが、ここまでとは」

「……いや、あの、そんな見つめられても困るって言うか」


 まだ顔が赤いが、ようやくまともに言葉を発せられるようになってきたらしい。

 顔の前でパタパタと両手を振って、勘弁してくれと言わんばかりの仕草をしている。


「何で上履き隠して、隣の部屋に隠れてたんです?」

「だって恥ずかしいし、ポチくん、相談者があたしって知ったらガッカリしそうだし」

「何で僕がガッカリすると思うんです? そんな理由ないですよ?」

「ん、そうやってガッカリしてくれないのもヤだったの」


 意味がわからん。大丈夫なのか、この人?

 ちゃんと会話になってるのか不安になるが、このまま話を進めることにする。


「確認のために話を整理しますが《絢香さんが明日のバレンタインデーに好きな人へチョコレートを贈りたい》という話なんですね?」

「……うん。そう」


 小声で呟き、赤くなって俯いてる。

 ちょっと面白くなってくるが、からかっちゃダメなんだろうな。


 そんな素振りもなかったが、好きな人いたんだ。

 へー、そうなんだぁ。


 興味本位で絢香さんを眺めていたら、先輩から硬い声が飛ぶ。


「ポチ、あまり見つめてやるな。晒し者じゃないんだぞ」

「あ、すいません。珍しかったもんで、つい」


 確かに今の態度は失礼だったかもしれない。

 これ以上、先輩に怒られたくないから居住まいを正して絢香さんに向き直る。 


「えーと、聞きたい事が二つあります」


 彼女もうつむいていた顔を上げて、真面目な顔で頷いた。

 なんか調子狂うな。やりにくいっていうかさ。


「まず一つ。いちおう聞いときたいんですけど、相手は誰なんですか」

「えっと、……言わなきゃダメ?」


 ただ名前を聞いただけなのに、あっという間に真っ赤になった。


 なんか羨ましいな。

 この人にこんな風に思われている人がいるんだ。


 僕も先輩からそんな風に思ってもらえる日が来るのだろうか。

 横目で先輩を見たら胸の下で腕組みしたまま、スッと細めた目で黙ってこっちを見ている。

 うん、来なそうだ。


 赤くなって黙り込む絢香さんに代わって先輩が質問に答えてくれる。


「絢香さんのお相手は、三年の田中健二という男子だそうだ」

「え、いや、そんな。お相手なんて……」


 それで何を妄想したのか、コタツに入ったままクネクネしだした。

 真っ赤になったままだし、タコみたいだ、と言ったら怒られるのだろうか。


「えーと、誰ですか?」

「私に聞くなよ。絢香さんのクラスメイトだそうだ」


 仏頂面で先輩が答える。

 そんなこと言ったって、茹でたタコみたいになっている人に何を聞けというのか。

 とりあえず先輩相手に話をしよう。


「ちょっと意外でした。てっきり執行部の誰かと思ったので」

「いまの執行部に、絢香さんが好きになりそうな奴はいないよ」

「そうなんですか? あのメガネの人とか仲よさそうに見えましたけど」

「……あいつなぁ」


 何となく思ってた事を口にしたら、先輩はたちまちうんざりした顔になる。


「え? 何か問題あるんですか?」

「あいつは絢香さんの身長をいじるからな。絡み方が悪すぎる」

「そんなもんですか?」

「えっと、ね」


 首を傾げたら、すぐに隣の絢香さんが補足してくれる。


「こいつの顔見るたび、胸をいじるのと一緒。嫌でしょ?」

「いや待ってください。その言い方だと私がいつも胸をまさぐられてるみたいに聞こえます」

「一緒だよー。あいつ何かっていうと頭に手を置いてくるし。執行部員としては優秀だけど、人としてはいまいち」

「あいつ、絢香さんのこと、舐めてるんですよ。そのうちポチに締めさせます」


 なんか変な方向へ勝手に話が進んでる。

 メガネの人っていい人だと思うんだけどな。

 このまま放って置いたらロクでも無いことになりそうだ。


「えーと、その田中さんてどんな人なんですか?」

「知らん。帰宅部だから執行部とは縁がなくてな。どんな人物なのかさっぱりだ。詳しい事は絢香さんから聞き出してくれ」

「待って待って。彼の詳しい事とか、どうでもいいから」

「どうでもいいってどういう事?」


 そんなの、好きな人に言う言葉じゃ無いだろう。

 あまりのいいように聞きとがめたが、絢香さんはあっさりと言う。


「ん、あたしも田中のこと、あんま知らないし。聞かれても困る」

「でもクラスメイトで、告白したいくらい好きなんですよね?」

「ま、まあ好きっていうか、気になるというか……」


 言いよどんでまたクネクネしだす。

 この人、困るとクネクネするのか?

 どうしたものか困っていたら、先輩が助け舟を出してくれた。


「ポチ。まず、どんな所を好きになったのか聞きたまえ」

「先輩、それ絶対に興味本位ですよね?」


 泥舟みたいなアドバイスだったが、絢香さんは照れながらもちゃんと答えてくれた。


「えっと、あたしに興味ないトコかなぁ」

「はい? なんですか、それ?」

「あたしに興味ないのに、あたしの事を信じてくれたし、親切にしてくれるの」

「えーと、下心がないのに優しいって事?」


 僕なりに要約して見たら、そうそう、と絢香さんが頷く。

 ずいぶんと聖人っぽい奴だな。

 絢香さんみたいな美少女相手に下心ないとか、信じられん。


「あのね。本当に下心がないのかは分かんない。まあ下心くらいあってもいいんだけど」


 明るい声で言って絢香さんは笑う。

 ようやくいつもの感じに戻ってきた感じだ。


「相手の男、えーと田中さんでしたっけ?」

「ん? ああ、そうそう」


 何で思い出したように答えるのか気になったが、今そこに突っ込むと話が長くなりそうだ。


「絢香さんは、彼から好意を持たれているんですか?」

「ん、嫌われてないとは思う」


 わりとキッパリ言うので、答えに自信があるのだろう。

 とはいえ、恋心を拗らせたストーカー的思い込みの可能性だってある。


「それ、根拠のある話なんですか?」

「あたしがいつも触ったり抱きついたりしても嫌がんないの」

「え? いつもそんな事してるんですか?」

「ん。見かけるたびにベタベタしてる。でも脈はなさそうな感じ」

「……その人って、ただのスケベ野郎なのでは?」


 それを聞いて、僕の中の田中なる人物の評価が一気に下がる。

 その気もないのにベタベタさせてるって。

 そいつ、けっこうクズなんじゃないの?

 そんな男と絢香さんの仲を取り持たなきゃなんないのか……。


 僕の嫌悪感を感じ取ったのか、絢香さんは何か誤魔化すようにヘラッと笑い、


「下心はあってもいいって言ったじゃん? むしろそこまでして下心さえ持ってくれなかったら悲しくなるよ」

「もしかして下心あるの、絢香さんの方ですよね?」

「だって触りたいんだもん」


 あっけらかんとした顔で笑ってコタツの上のクッキーに手を伸ばす。

 そんな彼女を見いる先輩は驚きの表情だ。


「以前の絢香さんからは考えられない発言だ」

「そうなんですか?」

「君は知らないかもしれないが、絢香さんは下心で寄ってくる男が大嫌いだったんだよ。馴れ馴れしく触ってくる奴とか論外だった」

「それはあんたも一緒でしょ」


 クッキーをくわえたまま絢香さんが肩をすくめる。

 それもよく分からない話なんだよな。

 僕の知ってる先輩はワリと距離感近めで、身体的接触多めだ。


「もう一つ。絢香さんは、その人とどうなりたいですか?」

「どうって言われても」

「告白をキッカケにお付き合いして、いずれ結婚して子供が欲しいとか」

「いやいや。ホント脈ないし、とてもそこまで考える余裕なんかない」


 新しく取ったクッキーを持ったまま大きく手を振る。

 そのまま腕組みしてしばらく真面目に考え込む。


「えっとね。……チョコレートあげたい」

「それだけ? 告白したいとかじゃなく?」

「ん、できたらそうしたいけど、まずバレンタインにチョコあげるのしてみたい」


 そう言ってから彼女はヘラっと笑う。


「あたし、そういうの縁なかったから。制服着てるうちに好きな人にチョコレートあげるの、してみたい。卒業までに思い残しをしたくなくて」

「えーと、告白イベントの体験、という理解でいいですか?」


 酷い言い様だが、絢香さんが言った事を一言でまとめるとそうなってしまう。

 実際、絢香さんも我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。


「そうそう! あたしの気持ちなんか伝わんなくていいの! ただ好きな人にチョコレートを贈りたいの。やりたいの、それだけ!」

「分かりました。まずチョコレートをプレゼント。可能ならその先も、ですね」

「その先ってのはカレーライスじゃないよ!」


 笑いながら絢香さんが突っ込んでくる。

 その話、知ってるのかよ。

 恥ずかしいから忘れたいのに!


 ともあれ方針は決まった。

 結局、最初から一歩も進んでない気もするが、まあ決まったのはよいことだ


 僕が先輩から頼まれたのはここまでだが、さすがにこれで放り出すわけにもいくまい。


「もちろんです。一緒にどうするか考えてみましょう」


 僕が言うと、正面で話を聞いていた先輩が感心したような顔で拍手をする。


「素晴らしいな、ポチ。ホントに質問が二つだったぞ」


 珍しく先輩に褒められてしまった。


 もちろん、あまり嬉しくない。

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