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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第2章 新世界のアダムとイブ
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2-1 希望の星

 そんなワケで僕は先輩に弱みを握られ、先輩の使いっぱみたいな事をしている。 


「茶でも淹れてやる」


 なんて言葉につられて、ほいほい付いていこうとした僕が悪いんですけどね。

 放課後に美人と二人きりでお茶を飲むだけ、なんて旨い話があるわけない。


「覗き魔の汚名を返上する機会を与えているんだ。むしろ感謝して欲しいね」


 僕が不満を述べれば、いけしゃあしゃあとした顔で彼女は言い放つ。


「そう言われ続けて、もう半年ですよ? どれだけ僕を便利に使いたいんです?」


 この半年間、僕は先輩の手駒として校内のトラブル解決に奔走していた。

 そろそろ僕が変質者ではない、と認めてくれてもいい頃だ。


 ま、先輩と毎日会えるのは嬉しいから、ホントは文句なんかないんだけど。


         □


「うん。ようやく決心がついたよ」


 彼女は重々しく頷いてから居住まいを正すと、厳かな口調でこう言った。


「君に私の下着をあげよう」


「……はい? え、下着ですか?」


 僕はとっさに彼女の盛り上がった胸元へ視線を落とす。

 言葉の意味を考えるよりも早く、先輩は自慢気な顔でさらに言葉を続けた。


「それもブラジャーじゃないぞ。パンツの方だ」


 視線を上げて彼女の顔を見れば、切れ長の目の中から鳶色の瞳がまっすぐに僕を見つめている。


 困惑している僕の表情から何を読み間違えたのか。

 彼女は静かに首を横へ振ってから、恥ずかしそうに自分の胸にそっと手を当てた。


「いくら君の頼みでもブラジャーは無理だ。私は自分の胸にコンプレックスがあってな。他人と比べて大きすぎる気がするんだ。下着といえども、あまり人様に見せたいモノじゃない」


 ……いや、いきなりそんな告白をされてもな。


 でもそうか。コンプレックスだったのか。

 明日からあまり見ないように気をつけよう。


 胸の内で少しだけ反省をして、改めて先輩に向き直る。


「僕は《先輩の下着が欲しい》なんて頼んだ覚えはないのですが?」


 率直に事実を述べただけなのに、彼女は大きく背をのけ反らせて驚いた。


「な、何だと?」


 まるで真夜中に宇宙人と出会ったかの表情でこっちを見ているが、ビックリしたのは僕の方だ。


「だってポチは、ずっと女性の下着が欲しかったんだろ?」


 先輩から当然のように聞き返されたが、もちろん僕にそういった趣味はない。


「そんな話、どっから出てきたんです?」


 問い詰めるように聞くと、彼女は壊れたロボットみたいな動きで背筋をまっすぐに戻し、視線を僕に向けたまま器用に畳の上の湯飲みを手に取った。


 ……それ、僕の湯飲みなんだけどな。


 一口お茶を飲んだら気が落ち着いたのか、彼女は肩を揺らしてゆっくりとため息をつく。


「どうやら誤解があるようだから、ここでハッキリさせよう」


 もう一度、僕の顔を正面から見据えて真面目な顔になる。


「ポチ、君は私の下着が欲しくてたまらない。そうだね?」 


 あまりに大真面目な顔で聞くから、つい考え込んでしまう。


 ——欲しいか、先輩の下着?


 うん。先輩の事は好きだけど、下着だけ貰っても持て余しそうだ。


「いいえ、結構です。先輩の下着は欲しくないです」

「……そ、そうか」


 キッパリ断わったら、彼女は恥ずかしさに耳まで真っ赤にして俯いてしまった。


「そ、そうなのか。私の下着は欲しくないのか……」

「あのね、先輩がどうしてそんな事を言い出すのか知りませんが、下着のやりとりは衛生的にも問題がありそうですし——」


 うっかり変な言いワケを付け加えたのはまずかった。

 彼女はパッと顔を上げて、右手の湯飲みから茶が溢れそうな勢いで身を乗り出してくる。


「つまり君は私の下着が汚ないから受け取れないと言うのか?」


 鳶色の瞳がドアップまで迫ってきた。

 あまりにも顔を近づけてくるもんだから、今度は僕が身をのけ反らせてしまう。


「いえ、そんな話はしていません」


 勢いに押されてつい返事をしてしまったら彼女は目をクワッと見開いて立ち上がり、その勢いで手にした湯飲みから辺り一面に茶が撒き散らされた。


「言っておくが私の下着はキレイだぞ! 使用未使用に関わらず、まばゆい限りに輝いて、フレグランスな香りがするんだ!」

「そ、それは夜中にとても目立ちそうですね」


「闇が支配する世界の中で、ただ一つ輝く希望の星。それが私の下着だ!」


 ただ一つって、この人は一枚しかパンツを持っていないのか?


 ——なんて言葉が浮かんでくるが、とりあえずタオルはどこだっけ?


 脇に置いたバッグに手を伸ばす僕の姿を見下ろして、彼女は気だるそうに髪をかき上げた。


「どうだい、ポチ。私の下着がすごく欲しくなってきただろう?」


 そう言って先輩は悠然と微笑む。


 右手に握りしめたままの湯飲みに口を付けてから、ようやく中身が無くなっている事に気がついて不思議そうに首を傾げた。


「お茶はいま新しいのを淹れますから座って下さい。それと下着の件は結構です」


 畳の上をタオルで拭きながら促すと、先輩は素直に座布団の上へ腰を下ろし、僕に湯飲みを差し出してきた。

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