13-2 最後の好意
「とある女生徒から『好きな男の子にチョコレートを贈りたい』という相談をされてな」
すっかりぬるくなったお茶を飲みながら先輩が説明を始める。
片手で湯呑みを持ったままなので、タオルの用意をした方がいいのか悩むところだ。
本来なら生徒会室で話す内容なのに、コタツ導入以来、すっかりめんどくさがっている。
茶室に俗世間の話は持ち込まない、とか言ってたのはどこへ行ったのやら。
「男子はどんなチョョコレートを貰ったら嬉しいのか知りたかったんだ」
「それ、聞く相手を間違えてます。自分のクラスの男子にでも聞いた方がいいんじゃないですか?」
ごく当然の事を言ったつもりだったのに、彼女は肩を落としてすごく長いため息をついた。
「君はバカかね? この時期にそんな事を聞いたら面倒くさくなるぞ」
「ああ、変な期待させちゃうって事ですね」
「それで終わればいいのだが、恨まれたりすると面倒なのだよ。君ならそういうのが無いから聞きやすかったのに」
うん、貰えるなんて思ってなかったからね。
そんなので恨まれるとかあるんだ。
「すいませんね。役に立たなくて」
「いや、気にしなくていい。私だって困っていたんだ。バレンタインにチョコレートとか義理ですらあげたことがない」
「結局、先輩だってゼロじゃないですか」
そう指摘したら彼女は湯呑みを置き、急に真顔になって僕を見た。
「ああ、そうだ。明日のチョコレートなんだが。言ったように私も慣れてないんだ。落ち着かないからさっさと渡したいんで放課後になったら、まっすぐ和室に来てくれ」
「あ、はい。わかりました」
「寄り道するなよ。途中で誰かに声をかけられても、絶対に無視してまっすぐここへ来い」
何を想定しているのか分からないが、念を押すように言われてしまった。
この学校には誘拐魔でも出るのだろうか?
「えーと、とりあえずお茶淹れ直しますね」
曖昧に頷いてみせて、先輩の湯呑みをもらう。
手早く淹れ直したお茶を渡すと彼女がスッと目の前に菓子盆を置く。
見れば山のようなクッキーが入っていた。
「絢香さんからの差し入れだ。卒業前の在庫処分だそうだから、頑張って食べてくれ」
髪をかき上げて、つまらなそうな顔で言う。
無理やり積み上げられたクッキーはそびえたつ山のようだ。
「あの人、どれだけ学校にお菓子持ち込んでたんです?」
「わざわざ私たちのところへ持ってきてくれたんだ。あの人から貰う最後の厚意なんだから文句は言うな」
別に文句は言ったつもりはないんだけどな。
確かに絢香さんからクッキーを貰う機会はもう無くなるし、ありがたくいただかないとな。
山を崩さないよう慎重にクッキーに手を伸ばす。
「しかし困ったな。本当に一個も貰った事が無いのか?」
「悪かったですね。さっきも言いましたがモテないんですよ、僕は」
抗議するように強く言ったが、先輩は湯呑みを持った手で口元を隠すようにしてクスクス笑う。
「まあ気にするな。好かれたい人間にモテなければ何の意味もない話だよ」
「その辺で売ってるの適当に選んで贈ればいいんじゃないですか?」
適当に言ってみたら、先輩はクッキーに手を伸ばしながら呆れ顔になる。
「それは、いかにも一度も貰ったことの無い奴の意見だな。いくつか貰ったなら印象に残るものがあるだろう。そういう話だよ」
「好きな人から貰えりゃ何でもいい気もしますけど」
「あのな、ポチ。チョコレートは好きな人に贈るんであって、好かれてる人に贈るんじゃ無いぞ」
言われてみれば確かにそうだ。
うん。僕って本当にこういうの縁ないよな。
感心してたら、彼女はクッキーを手にしたまま胸の下で腕組みをして難しい顔になる。
「それにな。本人がすごくハズかしがって。こういうのに全く慣れてない人だから」
「へ? チョコレートを選ぶのが恥ずかしいの?」
「いや、バレンタインにチョコレートを贈る行為自体が恥ずかしいらしい」
「ずいぶん奥ゆかしいというか、照れ屋なんですね?」
「もっと言えば、そういう自分が恥ずかしいようだ」
まあ気持ちは分からなくもないけどな、と言って先輩はクッキーを齧る。
砕けた粉が彼女の胸に乗ってるのが気になるが、なるべく見ないようにする。
「えーと、この相談の解決って何です? チョコレートを贈ったら終了でしょうか? それとも告白の成功をもって終了とかですか?」
後者ならホワイトデーまで続く話になりそうだ。
僕の視線で気がついたのか。先輩は胸元のクッキーのカケラを手で払いながら肩をすくめた。
「いや、そんな難しい話じゃない。相談者の女生徒の悩みを解決してくれたら終りだ」
「そう言われても、線引きどこなのかわかんないですよ」
恋愛がらみの悩みなんて、真面目に相手してたらいつまでも終わらなそうだ。
僕だって先輩のチョコレートがかかってるんだし、成功条件をハッキリさせてくれないと困る。
「基本的には『チョコレート贈りたいんだけど、どうしよう?』の《どうしよう》が解決できればそれでいいのだが……」
「つまり『やっぱりやめた』でもオーケーなんですか?」
「ああ、彼女の迷いを無くしてやって欲しい」
妙に曖昧な部分を残したけど、そこは成り行きでという事なのだろうか。
とりあえず詳しく聞かないと何もできないのだけはハッキリした。
「本人はどこにいるんです? 生徒会室で待ってるなら早いトコ行きましょう」
自分のお茶を飲み干して立ち上がり、久しぶりに出張用のお茶セットの用意を始める。
なのに彼女は座ったまま、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「それがな。あの人は君と話すのも恥ずかしいようでな」
「え? 別に僕にくれるワケでもないんでしょ?」
「そりゃそうだよ。君は自分がモテるとでも思ってるのか?」
そんなの全く思ってなかったのに、真面目な顔で先輩に言われると恥ずかしくなるのは不思議だな。
とりあえずコタツに戻って彼女の前に座り直した。
「この話、僕で役に立ちますかね? 本当のとこ、全く自信がないんですが」
「君に聞けってのは相談者からの指名なんだ。君が役立たずなのは君のせいじゃないよ」
さらっと酷いことを言われた気がするが。
もっと気になる事があったのでスルーしとこう。
「……もしかして相談者って僕が知ってる人なんですか?」
「うん。私から見れば仲いいと思うぞ」」
言いながら髪をかきあげ、口元だけ薄く笑って僕を見る。
どこの誰だ?
わざわざ僕に相談したい女子とか心当たりが全くない。
こっちを見ている先輩はなんかちょっと怖い感じだし。
「誰だか知りませんけど、本人呼んでくださいよ。これじゃ何もわからないです」
訴えるように言ってみたら、先輩はめんどくさそうに立ち上がった。
「まあ、呼び出すも何もないんだけどな」
スマホでも取り出すのかと思ったのに、そのまま隣の部屋の方へ歩いて行った。
何かと思うまもなく、彼女は隣の部屋へ向けて声をかける。
「ずっと話は聞いてましたよね? 開けますよ」
「え? ちょっと待って! 心の準備が」
すぐに声が返ってきたが先輩はかまわず襖を開ける。
開けた襖のすぐ奥で、座布団に正座している小柄な女生徒の姿があり。
「……や、やあ。ポチくん」
耳まで顔を真っ赤にした絢香さんがぎこちない動きで右手を上げて、僕に挨拶してくれた。