12-11 私はそんなに軽い女じゃない
この方法には無理がある。
何度言っても絢香さんは納得してくれず、ポジションを入れ替えて試すことになった。
正直、まだやるのか、という気持ちが否めないが、
「さあ、ポチ。絢香さんがどうしてもと言うのだ。お姫さま抱っこは恥ずかしいが仕方ない。うん、絢香さんがどうしてもと言うからな!」
嫌がっているような事を言いながら、明らかに先輩はノリノリである。
落ち着かない様子でソワソワと僕の前に立っている。
よく分からないがお姫さま抱っこに憧れでもあったのだろうか?
少女漫画によくあるらしいが、相手が僕なんかでいいんだろうか?
まあ先輩が望むのなら否も応もない。
「じゃ、ジッとしてて下さいね」
先輩に声をかけて手を伸ばした瞬間だった。
「とうっ」
掛け声とともに絢香さんが僕の背中に張り付くようにおぶさってくる。
まさか飛びついてくるとは思わなかったのでよろけつつも、目の前にいる先輩の脇の下に右手を回して、左手で彼女の膝裏をすくうように——。
「よいしょっ」
「……そんなに私は重いのか?」
なんとか踏ん張って持ち上げると、低く不機嫌な声が腕の中から聞こえた。
「えーと、別に先輩は重く無いですよ?」
「絢香さんの時は何も言わずに持ち上げてたろう。なのに私の時には掛け声が必要なのか?」
「後ろから飛びつかれたんでバランス崩しそうだったんですよ」
「ああ、そうだな。私は重い女だな」
僕に抱え上げられたまま先輩はふくれっ面でそっぽを向いてる。
どうフォローしようか迷っていたら、絢香さんが僕の背をよじ登って顔を出す。
「あのさぁ。そもそも身長から違うんだし、胸のサイズだって違うんだから比べる方が間違ってない?」
「下手な慰めはよしてください。私は絢香さんみたいに軽い女じゃないんです」
「その言い方、変な誤解されそうだからやめて欲しいな」
「すいません。二人で話するんなら一回下ろしていいですか? この姿勢けっこうキツイんですけど」
このままじゃ話にキリがない。
「えー、なんか背が高くなったみたいで楽しいんだけど」
「私もこのままで不都合はないのに」
不満を隠そうともしない二人を畳の上に降ろし、黙ってコタツに戻る。
しぶしぶといった様子で彼女たちもついてきた。
「あのですね。今気がついたんですが。ちょっとの間、先輩の傘、僕に貸して貰えませんか?」
「なんだね? 急に他の誰かと相合傘をする約束でも思い出したのか?」
不機嫌そうに先輩は胸の下で腕組みをして真面目な顔で僕を睨む。
「どこからそんな発想が出てくるんです? そんなの人から借りた傘でする事じゃないですよ。とりあえず近くのコンビニに行って二人分の傘、買ってきますから」
どう考えてもそれが一番話が早くて簡単だ。
なのに言った途端、二人は同時にため息をついて肩をすくめた。
「そういうつまんない事言うなよ!」
「そうだぞ、ポチ。私たちは今ある物で工夫しようと考えているんだ。安易な解決策に頼るのは感心しないぞ!」
「そ、そうでしたか。すいません」
二人から強い口調で責められ、思わず頭を下げる。
いつの間にかそんな話になってたとは。
わけ分かんなくなってきたので、少し落ち着こうとして自分の湯呑みを手に取ったら、中身が空なのに気がついた。
ほとんど口をつけていなかったはずなのに、どういう事だ?
湯飲みから顔を上げると、先輩が途端に目を逸らした。
ずいぶんと分かりやすい行動だ。
追求するほどの話でもないから、何も言わないけどさ。
お茶が足りなかったのは、僕の気配りが足りなかったからだしね。
湯飲みを手にしたまま黙って立ち上がると、慌てた様子で先輩も膝立ちになる。
「待ってくれ、ポチ。勝手に君のお茶を飲んだのは悪かったが、そこまで怒る事はないだろ?」
「……別に怒ってませんけど?」
先輩が湯飲みを取り違えるのなんていつもの事だ。
いまさら気にしない、という訳でもないが、嫌なワケでもないしな。
なのに先輩はグダグダと言い訳を始めている。
「知ってのとおり、私は猫舌なんだ。あまり熱いのは苦手で、そこへ目の前にちょうどよく冷めたのがあったから、つい飲んでしまったんだ。別に絢香さんがポチの湯呑みを使ってるからとか、そういう意図があってやったわけじゃなくて——」
「……あの、台所でお湯沸かしてこようとしてるだけなのですが。湯飲みと急須も一回洗いますから、お二人のも貸してください」
何で僕が怒っていると思ってるんだろう?
後ろ暗いところでもあるのかと疑りたくなるが、それはそれで意味が分からない。
しょんぼりとした様子で先輩が湯飲みを差し出してくる。
□
お湯を沸かして奥の部屋に戻ると、障子が開いてた。
「ねえ、ポチくん。いつの間にか外、雪になってるよ」
いつの間にかジャージを羽織った絢香さんが、楽しそうに窓にへばりついて外を指さす。
やたら寒いと思っていたが、そうか、雪になったのか。
先輩も窓際で外を眺めながら笑顔を見せる。
「天気予報では言ってなかったのだがな。だいぶ積ってきている。足下が滑りそうで危ないから、三位一体の相合傘で帰るのは辞めた方がよさそうだ」
「いや、雪降ってなくても危ないですよ」
僕一人に二人の体重と安全が掛かっているのだ。
ちょっとバランスを崩しただけで怪我しそうである。
もう暗いし、段差とかでコケたら一大事だ。
先輩は気だるそうに髪をかきあげて僕を振り返り、
「なあポチ。いま絢香さんと話していたのだが、やはり三人で傘をシェアするのは無理があるよ。粉雪だし、傘がなくても大して濡れないと思うんだ」
まるで僕が三位一体を推してたかのように言う。
和室の入り口であきれ返ってたら、絢香さんがコタツから立ち上がって近寄ってくる。
「ま、せっかくの雪だし、傘なんかジャマだよね」
ヘラっと笑ってスルッと腕を絡めてくる。
え? と思うまもなく反対側から先輩も僕の腕を取る。
「この際だ。私の傘はここに置いて、みんなで一緒に帰ろう」
二人は僕の両腕を引いて玄関に向かって歩き出す。
よく見れば二人ともちゃんとバッグを持ってて、すっかり帰り支度を済ませていた。
「いや、待って先輩。僕、ヤカン持ったままだから! 熱湯持ってるから腕引っ張らないで!」
僕の言葉なんか無視して、二人はグイグイと歩く。
「気にするな、ポチ。相合傘をしなくても私たちは三位一体だ」
「そうそう、あたしたちの絆は熱湯よりも熱いじゃん?」
「意味わかんないから! 僕のバッグ、まだ部屋の中だし! ヤカンしか持ってないし! ねえ、なんで僕、ヤカンしか持って帰っちゃダメなの?」