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12-10 勝負下着って誰に見せるの?

「あの人たち、救急車呼ばなくてよかったんですか?」


 ようやく、という感じで疲れを隠さず和室に戻ってきた先輩に聞いてみた。


 感電したライバルの人を助けるのはちょっと面倒だった。


 傘を握りしめたまま雨の中で倒れてたので、うかつに近寄ると2次災害の恐れがあった。

 実際、僕らが躊躇している間に、省エネ委員会の人たちが駆けつけて感電してたしね。


 おかげで省エネ委員会は一網打尽にできたのだが、その分、事情聴取に時間がかかった。

 疲れた顔の二人が戻ってきたのは、けっこう時間が過ぎてからだった。


「救急車は固辞されたんだ。ちゃんと医者に行けと言ったよ。後の事まで責任は持てん」


 先輩がいそいそとコタツに入りながら言う。

 その横で絢香さんも疲れた顔でコタツに入る。


「これでも簡単に済ませてきたんだよ」


 詳しい話は後日に電子工作部と省エネ委員会を改めて呼び出し、で終わらせてきたそうだ。


「それにしては時間かかりましたね」

「うん、柴田の件がメンドくさくてな」


 先輩のためにお茶を淹れながら聞くと、彼女はコタツ板の上に胸を乗っけてため息をついた。


「ざっくり話を聞いてみたら電子工作部に省エネ委員会のメンバーがいたんだよ。ライバルは今日、柴田が告白をするのを知っていたんだ」


 身内だと思っていた人間に内通者がいたって事か。

 そりゃ話も漏れるよな。


 しかし省エネ委員会と電子工作部って意外な組み合わせだ。

 あんまり相性良くなさそうなのに。


「省エネ委員会が賛同者を増やすために《生徒会》の名を騙って予算倍増を約束していたんだ。部室を見たがすごかったぞ。使ったら火事になりそうな省エネ機器を山のように作ってた」


 僕が疑問を口にする前に、先輩は先回りして教えてくれた。

 お茶の入った湯飲みを差し出すと、嬉しそうに体を起こして両手を伸ばしてくる。


「そんな権限、公式の委員会ならあるんですか?」

「あるわけないだろ。予算編成は執行部の専任事項だ」


 湯呑みを受け取りながら、先輩は呆れた顔で僕を見る。 


「それで告白の話を聞いたライバルは柴田が帰れないように傘を隠して、彼女の代わりにデートへ行くつもりだったらしい」

「あれ? ライバルさんて例の勝負傘を使って感電してた人ですよね?」


 わざわざ隠したんだし、省エネじゃないのに何で勝負傘なんか使ったんだろう。

 先輩はお茶を両手で大事そうに抱えたまま薄く笑う。


「最初はそんなつもりじゃなかったらしいんだがな。勝負傘を見ているうちに、どうしても使いたくなったそうだ。これさえあれば上手く行く気がした、と言ってたよ」


「変な魔力でもあるのかもしれん」


 そう呟いたあとで『いや、魔力ではなく電力か』と言いなおす。


 たぶんジョークのつもりなのだろう。

 話し終えた彼女はゆっくりとお茶を啜ってため息をつく。


「いや、アレはそんな良いモノじゃないですよ。漏電しまくりでしたし、開閉スイッチとスタンガンのスイッチが並んで付いてましたから」


 しかも同じ形のスイッチだ。わざと間違えやすくしているのではと疑いたくなる。


「電子工作部は演劇の小道具だと思って作ったと言ってるぞ」

「スタンガンさえなきゃ、その言い訳で信じますが」


 どう考えたって舞台の上でスタンガンは必要ないだろう。

 彼女はお茶を両手で大事そうに抱えたまま、軽く肩をすくめて皮肉っぽく笑う。


「まあ柴田もライバルも、自分に自信がないんだろうな。よく分からん物にすがりつきたくなる心情は理解できなくもないよ」


 少し遠い目をして呟くように言う。

 どうやら先輩にもそんな時があるらしい。


「で、結局、柴田さんはどうなったんです? 無事に告白デートに行けたんですか?」

「おや、気になるのかい?」


 先輩は何だか含みのある表情で僕を見る。


「だって柴田さんはクラスで唯一、挨拶を交わす人なんですよ。行けなかったら明日の朝、一体どんな事になるのか怖いですよ」

「なんだ、君は自分の心配をしてるのか」


 先輩は肩を揺らしてクスッと笑う。


 そこが一番時間掛かったところなのだ、と話をしてくれる。


「傘からスタンガンだけを取り外すのが難しくてな。結局、バッテリー端子を接着剤で埋めて全ての機能を使えなくしたんだ。すごく不満そうに帰って行ったよ」


「それで告白、上手くいきますかね?」

「上手くいくわけないだろ。柴田の後ろをこっそりライバルが尾行していたからな。今ごろは修羅場になってるんじゃないか?」


 先輩はお茶を飲みながらシレッとした顔でとんでもない事を言う。


「気がついてたなら止めてくださいよ! 明日、僕が文句言われるんですから! 絢香さんも一緒にいたんでしょ?」

「こたつ、あったかい」


 絢香さんにも文句を言おうとしたが、コタツ板に伏せてすっかり緩んでる。

 うん、ダメだ、この人。


 文句を諦めて絢香さんの分のお茶を淹れていたら、先輩がふと思い出したように言う。


「ああ、そうだ。ポチ、ご褒美の件なんだが、後日にしてもらえないか?」

「えーと、相合い傘の話ですか?」


 すっかり忘れていたが、そんな事言ってたな。


「私の傘は絢香さんに渡したいんだ。卒業式が近いから大事にして欲しくてな」

「それ言うなら、もっと普段から大事にしてよー」


 コタツ板に伏せたまま、絢香さんが不満そうな声を出す。


 とりあえず彼女の前にもお茶を淹れた湯飲みを置くと、嬉しそうに微笑んだ。

 この程度で満足してくれるからありがたい。


「あ、僕、今回は何もしてないから、この件なしでいいです」

「ほう、私と相合傘は嫌だと——」

「言ってません」


 即座にキッパリ言ったら先輩は感心したような顔をする。


「君は変なとこでフェアだな。言わなきゃ私は気がつかなかったぞ」

「ねえ、あたしいま思ったんだけど。どうせなら三人で一緒に入ればいいんじゃないかなぁ」


 絢香さんがガバッと勢いよく体を起こし、唐突な提案をしてきた。


「……いや、私の傘は折りたたみですから、実は二人でも無理があるのです」

「それ、三人で横に並ぶイメージをするからだよ。もう少し立体的に考えてみようよ」


 自信満々で絢香さんは言うのだが、さっぱり意味がよく分からない。


 立体的な相合い傘ってどんなだ?

 脳内に雑技団のイメージが浮かぶが、たぶん違う。


「だからあたしが前で、あんたがポチ君の真後ろにつく感じで」

「ああ、縦に並ぶという事ですか?」


 先輩はそれで納得したようだが、僕には全く理解できない。


「少しはマシかもしれませんけど、あまり変わらないのでは?」

「いやいや、そうじゃなくて。まあいいや、とりあえず試してみようよ」


 口で説明するより早い、と言う絢香さんの指示で、折りたたみ傘を広げた彼女を僕がお姫様抱っこして、先輩が背後霊みたいに僕の背中にへばりつく。


「あの、これで帰るのは奇行が過ぎやしませんか?」

「私はまったく傘に入れてませんが」


 先輩と密着できるのは嬉しいのだが、これは何か違う気がする。

 僕ら二人に文句を言われ、絢香さんは露骨に嫌な顔をした。


「もう仕方ないなぁ。ポチ君、この傘持ってて。これでどうよ」


 僕に傘を渡すと、体を捻って僕の首に両腕を回し、両足を開いて僕の腰を挟むようにして抱きついてきた。

 一度も畳に足をつけずにやるから器用なものだが。


「ダメです、絢香さん。この姿勢はスカート、まずいでしょ?」

「ん、今日はパンツに自信ある日だから見てもいいよ」


 僕の真横で絢香さんが謎の笑顔を見せる。

 もちろん、こんな姿勢で絢香さんの下着が見れるわけがない。

 ジタバタしてる僕の背後から先輩が興味深そうな声を出す。


「ほほう。噂に聞く勝負下着、というヤツですね」

「何ですかそれ? LEDで光ったり、風が吹いたりするんですか?」

「そうそう。うっかり触ると痺れるから注意してね」


 いやだ、そんな漏電パンツ。


「——ところで、やはり私は傘に入れてませんが」

「あんた横幅に比べて縦幅がありすぎなんだよ。もっとギュッとポチ君に密着しないと」

「すでにそうしてますが、胸が邪魔でこれ以上はちょっと……」

「ねえ、それは私に向かってケンカ売ってんの? あたしみたいに抱きつけって言ってんじゃん!」


 二人が僕を挟んだまま口論しているが、そう気安く抱きつかないで欲しいぞ。

 嫌じゃないけど、そんな事されたらどうしたらいいのか分からなくて困る。


「……あの、これホントに帰るための話なんですか? これで歩くのけっこう難しいんですけど」

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