12-7 通達は文書にて
ところで、もうすぐバレンタインなワケなのだが。
もちろん先輩から何か貰えるなんて期待はしてないけれど。
僕からチョコレートを贈るのはありだろうか?
チョコレートならあまりオシャレとか関係なさそうだし、貰っても始末に困らない。
それに先輩、甘いもの好きだしな。
僕から貰っても喜んでもらえるかな?
真面目に考えてたら、隣を歩いている三つ編みお下げの柴田さんがジッと僕を見ていた。
何かあったのかと思ったら、彼女は僕と目を合わせてクスッと笑う。
「やっぱり教室にいる時とずいぶん雰囲気違いますよね。こっちが素なんですか?」
「へ? どういう意味?」
急に教室の雰囲気とか言われても。
何の話かと思ってたら、彼女はちょっと意地悪な感じの笑顔を僕に向ける。
「ずいぶんとおモテになるようで。ちょっと想像つかなかったな」
僕から視線を外して独り言みたいな言い方をする。
「早瀬みゆきさんとも仲よいようですし、すごいですね」
そこまで言って、何か思い出したようにクスクス笑う。
「ポチさんは知らないでしょうけど、あの後、クラス中が大騒ぎだったんですよ」
「……えーと、もしかして柴田さん、僕と同じクラスなの?」
まさかと思って聞いたのに、呆れ顔でため息をつかれてしまった。
「あたし、ポチさんの斜め後ろの席ですよ? ここんとこ毎朝、挨拶してるじゃないですか」
衝撃的な事を言われてしまった。
え? そうなの? 全く記憶にないんですけど?
確かにここのところ毎朝声をかけてくれる女性がいるのだが、こんな子だっけ?
疑問だらけの考えが顔に出ていたのだろう。
もう一度ため息をついて大きな声を出す。
「今日は彼の好みに合わせてるの! 教室だと髪下ろしてるし、ほら、メガネ外すとこんな感じ」
言われてよく見れば、確かに見覚えがあった。
「あっ、ホントだ! 斜め後ろの席の人だ!」
「同じクラスなんだから名前くらい覚えてよ!」
どうも声に聞き覚えがあると思ったんだよ。
それで好印象の正体も理解できた。
クラスで唯一、自発的に声をかけてくれる女の子だもんな。
「そう言われても、柴田さんとはキチンと話した事なかったし」
挨拶をする仲、と言ってもそれだけだ。
と言い訳をしようと思ったら、三つ編みお下げの柴田さんはさらに意外な事を言う。
「あのね、あたしポチさんと話すの初めてじゃ無いよ。演劇部だし」
「あ、そっち覚えてる。ドア開けてくれた人ですよね。あんときは三つ編みじゃなかった」
「あの頃はまだ髪短かったから。——どんだけクラスの人間に興味ないの?」
三つ編みお下げの柴田さんが苦笑している。
仕方ないから僕も一緒に笑っておく。
笑い事じゃねえや、あたしの顔くらい覚えろ、と足を蹴られた。
クラスメイトとこんな風に話せるなんて初めてだから、ちょっと嬉しい。
「ポチはけっこう面倒見いいぞ」
前を歩く先輩が僕らを振り返って不機嫌そうな声で言う。
「私みたいに人間関係を粗雑に扱わないからな。ポチに覚えてもらえないのは、相手の方に問題があるんじゃないか?」
こっちを振り返ったまま胸の下で腕組みをして、後ろ歩きで険のある声を出す。
目を細くして睨むように三つ編みお下げの柴田さんを見ている。
困ったな。
柴田さんは僕が教室に入ると毎朝、挨拶をしてくれる。
僕の悪評を知ってるなら、けっこう勇気のいる行為だったはずだ。
なのに僕は彼女の名前どころが顔さえ分かっていなかった。
どう考えても問題があるのは僕の方なんだけどな。
蹴り一発で許してくれる柴田さんは心が広いと思う。
「えーと……」
口を開きかけてから、どう言ったモノか考える。
わざわざ僕のために怒ってくれている先輩に何を言えばいいのだろう。
迷っていたら三つ編みお下げの柴田さんがスッと前に出て先輩に頭を下げた。
「ごめんなさい。クラスメイトの気安さでポチさんを独り占めしてました」
よく分かんないけど僕も一緒になって頭を下げたら、先輩は毒気を抜かれたような顔になる。
「いや、まあ、うん、別にそれはいいんだが。うん、あれが和室の配電盤だよな?」
なんだか歯切れの悪い言葉で、トイレのすぐ近くにある壁に埋め込まれたベージュの扉を指さした。
「アハハ。一年の子をイジメちゃダメだよ。ライバルになるわけじゃないんだし」
「いや、私は別にそういうつもりでは……」
明るい声で笑う絢香さんが扉に近寄り、手慣れた仕草で無造作にバコンと開ける。
「さて、これで話が終わればいいんだけどね」
さすが配電盤だけあって、たくさんのブレーカーが並んでいる。
まあ下がってるブレーカーを探すだけなので難しい作業じゃないのだが。
「ん、和室のブレーカーってこれかな?」
パチン、とスイッチを上にあげて、すぐに扉を閉めようとして手が止まる。
「……何、これ?」
配電盤の扉の裏側に、セロテープで貼られたA4用紙の張り紙があった。
大きくて太いゴシック文字で何か書いてある。
「なんですか? 宝の地図でも貼ってありましたか?」
僕らも絢香さんの後ろから覗き込んで一緒にその文章を読む。
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告知
生徒会と省エネ委員会からお知らせです。
現在の世界エネルギー情勢を鑑みて、本日より校内では不要不急の電気製品の使用を禁止します。
全ての教室のコンセントの使用を禁止するため、当該部分のブレーカーは落としました。
戻す場合は必ず省エネ委員会まで連絡をしてください。
限りある資源を大切に。
生徒会と省エネ委員会からのお知らせでした。