12-6 寝てただけー!
「これ、たぶんブレーカーですね」
結局いつまでたってもコタツは温まらず。
台所へ行って確認したら電子レンジも動かなかった。
絢香さんがスマホの充電器をコンセントに刺してみたけど全くダメだった。
どうやら大元のブレーカーが落ちているっぽい感じだ。
僕の言葉に先輩が首を傾げて天井を指差す。
「だが蛍光灯はちゃんと点いてるぞ。停電してないからブレーカーではないのでは?」
「この部屋、蛍光灯とコンセント、ブレーカー別ですよ」
ため息をついて言うと、先輩は感心したような声を出す。
「ふむ。君は変な事に詳しいな」
「一緒に文化祭前に確認したじゃないですか」
冷蔵庫を開けながら返事をする。
ドア連動の照明がつかなかったから、冷蔵庫も電源が入っていないのは確実だ。
「そんな時期に君と一緒に歩いた記憶なんかないぞ」
「そりゃ手分けしてましたからね。先輩の提案で」
『文化祭は毎年電気を使いすぎて停電騒ぎが起こるから』と絢香さんに校舎の図面を渡され、先輩と二人で校舎中のコンセントとブレーカーの関係を一から確認したんだ。
かなり面倒くさい作業だったのに覚えていないらしい。
むしろ手分けしない方が楽だったと気付いたのは、作業が終わりかけた頃だった。
まあ、そこまでしても停電騒ぎはあったんだどさ。
「とりあえず、この中にヤバそうなのは入ってないです」
冷蔵庫のドアを閉めてから奥の部屋へ声をかける。
「絢香さん、一人の時に電子レンジと電気ポットとドライヤーをいっぺんに使ったりしてません?」
すぐに奥の部屋から大きな声が返ってきた。
「あたし寝てただけー! あとドライヤーなんか持ってきてない!」
「ですよねぇ」
いちおう聞いてみただけだけなのに、声をかけられて絢香さんと三つ編みお下げの柴田さんもワザワザ台所へやってきた。
「なに? ブレーカー落ちてるの?」
「確定じゃないですけど、とりあえず見て来ます」
それだけ言って玄関の方へ歩き出したら、ゾロゾロとみんなが後ろをついてくる。
「えーと、配電盤の確認だけなんで僕一人で済みますけど」
「そう言うな、ポチ。茶道部はみんな一心同体だ」
「ん、せっかくだから」
「あたし一人、ここに残されても……」
他の二人はともかく三つ編みお下げの柴田さんの言い分はもっともだ。
拒むような話でもないから、みんなで一緒に廊下へ出る。
コタツの入らない和室でも、さすがに少しは暖かかったらしい。
玄関から一歩出たとたん、絢香さんが僕の腕にすがりついて来た。
「うわっ、廊下寒いよ」
「だから僕一人でいいって言ったのに」
この季節に半袖でいて、寒いのなんか当たり前だ。
わざとらしく震えながらくっついてくる絢香さんを手で押しのける。
雑な扱いに堪えた様子もなく、彼女は明るく笑って廊下の窓から中庭を眺める。
「やっぱり雨、止まないねー」
隣を歩く先輩の袖を指で摘むように引いて視線を促すと、大きなため息をついて顔に掛かった髪をかき上げる。
「朝から天気予報で言ってました。こんな日に傘を持ってこないでどう帰るつもりだったんですか? だいたい絢香さんは以前から——」
珍しく先輩が絢香さんに説教を始めている。
耳が痛い話なのであえて聞かないようにして三つ編みお下げの柴田さんに話を振る。
「待ち合わせの時間、大丈夫なんですか?」
「困ってるのは変わらないんですけどね」
控えめに笑って僕を振り向く。
その動きに合わせて三つ編みお下げが揺れた。
「勝負傘が無いなら無いで他のやり方を考えてみようかな、と思えてるくらいには落ち着きました」
気丈な笑顔で言っているが、肩を落としてガッカリしているのは明らかだった。
まあ、少しでも落ち着いたならいい事だ。
傘が見つかる可能性が低いだけに、彼女の恋が上手く行くことを願いたくなる。
基本的には控えめで落ち着きのある子だし、不思議と好印象があるんだよな。
……ところで《勝負傘》ってなんですか?
そんな単語、初めて聞いたんですけど。
三つ編みお下げの柴田さんがあまりにも当たり前に言うもんだから、聞くに聞けません。
話の流れで考えたら、告白のために用意した傘、という意味だよな。
二人の思い出が詰まった傘をそう呼んでいるのだろうか?
それとも僕が知らないだけで、今そういうのが流行っているのか?
ナウいヤングは勝負傘で告白するのがオシャレなのかも。
詳しくないから、さっぱり判断がつかないよ。
おしゃれとか流行とか、難しいよね。
先輩のクリスマスプレゼントも、どうしたらいいのかよく分かんなかったし。
もう少し気の利いた物を贈れたらよかったんだけど。
贈ったカチューシャを先輩が着けてくれるのは嬉しいんだけど。
受け取った時にあまり喜んでくれたようにも見えなかったし。
少しそういうのも勉強しないとダメだよな。