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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第1章 全知全能の神に導かれて僕らは出会った
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先輩とみゆき

 次の日の朝、彼女はとても上機嫌だった。


 なにしろ、ずっと気になっていた後輩の男の子と喋る事ができたのだ。

 これが嬉しくないワケがない。


 しかも、ただ喋っただけではなく、握手をしたり一緒にお茶を飲んだりして、同じ部活に入る約束までしてしまった。

 本当は嬉しくて小躍りしたいくらいだったのだが、彼に変な女と思われたくないので必死で堪えた。


 うちの学校に茶道部など存在しないが、そんなのは生徒会の役員である自分ならどうにでもなる。

 それよりも、これから彼と一緒の時間を共有できる方が重要だ。


 いつもの駅を降りて学校へ歩く途中で、昨日の出来事を頭の中で反芻する。

 彼と二人きりであんなに喋れたなんて、まるで夢のようだ。


 思い出しただけで勝手に頬が緩んでくる。

 私をかわいいとか言ってくれたのは、すごく嬉しい。


 後ろから抱きしめてしまったのは、さすがにやり過ぎたかもしれない。

 はしたない女と思われたりはしなかったろうか。


 胸の内から急に沸き上がってきた不安を振り払うように、彼女は慌てて首を振る。


 大丈夫だ。話の流れで抱きしめたから不自然じゃなかったハズだ。

 それどころかあの様子では、私が抱きしめた事さえ気がついていないかもしれない。


 それはそれで淋しい気もするが、変な女と思われるよりはマシだろう。


「だって仕方ないじゃないか。すぐ目の前にいたんだぞ。こんなチャンスを見逃すなんて、もったいない」


 もったいないと言えば掃除用具入れの件だ。

 後から思えば、もっと工夫をするべきだった。


 ブツブツと独り言を呟いていたら、自分の少し前方で見慣れたショートカットの少女が歩いているのに気がついた。


 普段なら《どうせ教室で顔を合わせるのだから》と、そのままの距離を保つのだが、今日は軽い足取りで歩を速めて横に並んだ。


「おはよう、みゆき」


 ニヤけていた表情を引き締めてから声を掛けられたハズなのに、みゆきは少し驚いた顔で彼女を見返す。


「ああ、うん。おはよう。——今日はずいぶんとご機嫌だね」


 おかしいな。まだ顔に出ているのかな。どうしてご機嫌と分かるのだろう。


「ほう、そう見えるのか?」

「あんたから声をかけてくるなんて、珍しいもん」


 胸の内を見透かされないよう、あっさりと簡単に返事をする。


「さては昨日、何かあったな?」


 みゆきは歩調を少しゆるめて友人のペースに合わせながら、からかうように言う。


「ああ、沙織が悩んでいたのが解決したよ」


 口元に軽く笑みを浮かべて見せる。

 嘘は言っていないし、みゆきだって彼女が沙織の相談に乗っていたのを知っている。


「あ、そうなんだ」


 案の定、みゆきはそれで納得をした。


「よかったね。最近あの子、やたら暗い顔してたし、あんたもずっと心配してたもんね」


 彼女は心の中で、ほっと胸をなで下ろす。どうやら、うまく誤魔化せたらしい。


 彼の事は他人に言うつもりはなかった。

 恥ずかしくて、どうやって話せばいいのか分からない。

 しばらくは隠していたかった。


「んで、一緒にいた後輩の男の子とは仲良くなれたの?」


 なのに、みゆきはあっさりと彼の事を口に出した。


「……な、何の事だ?」

「あたし全部、沙織から聞いてるよ? 昨日、彼氏できたって話のついでだけど」


「ぜ、全部?」


「この間、言ってたじゃん。あんたがガラの悪い奴に絡まれている所を助けてくれた男の子がいるって。その子でしょ?」

「さあ、どうだったかな。顔なんて覚えていなかったし」

「えー、危ない所を助けてくれた王子様なんでしょ? あんたが顔を覚えていないなんて、ありえないよ」


「お、王子様? 待ってくれ、みゆき。それはもしかして私の言葉なのか?」

「あんた、あの時、興奮してたから、自分が何を言ったのか覚えてないんでしょ?」


 そう言われてみれば、そんな事を口走ったような気もしてくる。


「それで、どんな子だったの?」

「ポチの事か? どこにでもいる普通の奴だ。取り立てて特徴なんかない」

「ふーん」


 興味なさそうに話す彼女の様子を見て、みゆきはニタッと笑った。


「そりゃ、あんたの機嫌もよくなるか」


 内心を見透かされたような言葉に、彼女はつい反抗したくなった。


「ポチなんかで私の機嫌が良くなるワケがないだろう?」

「あら? せっかく会えた王子様にそんな事を言っていいの?」


「不満を持って何が悪い。私が『初めまして』って挨拶をしたら、ポチは『初めまして』って返事をしたんだぞ。覚えてないんだ、私の事を」

「……何であんたはそんな挨拶をしたのよ?」


「停学になってまで助けた女の顔くらい、覚えていたっていいだろうに」

「ああ、その子、停学になってたんだ。いくら校内を探しても、見つかんないわけだよね」


「別にポチの事なんか探してなかった! もし姿を見かける事があったら、ちゃんと礼を言おうと思って、それだけだ!」


「あんたがこんなに一生懸命喋っているの、初めて見たよ」

「私の事なんかどうでもいいだろ。ポチの話じゃなかったのか?」


 その言葉に、みゆきは思わず苦笑してしまう。

 結局、こいつは彼の事を話したくて仕方がないのだ。


「で、結局どうだったのよ?」

「ああ、弱みを握ったさ。これで当分は私のいいなりだ」


 予想外の返答にみゆきは少し混乱した。

 好きな男の子の弱みを握って、それでこの後、いったいどうするつもりなのだろう?


「……ちゃんと告白はしたの?」


 たったそれだけで、友人はたちまち頬を真っ赤に染める。


「ななな、何を言っているんだ? 私たちは高校生だぞ。そういうのは、もっと大人になってからするべきことじゃないのか?」


「あんたの中で告白ってのが、どんな行為を指しているのか気になるけどさ」


 いちいちうろたえる友人が面白くて、ついからかいたくなってくる。


「とりあえず、そのポチくんとやらに会わせてよ」

「ふん。あんなの、わざわざ見るほどの価値なんてないぞ」


 突き放すように彼女は言う。

 なぜなら、みゆきはかなりの美人だからだ。

 気さくな性格でよく男子とバカ話をして笑っているのを見ている。こんな奴をポチに会わせて、もし彼が血迷ったら大変だ。


 みゆきは大笑いしながら彼女の肩を叩く。


「そんな言い方しなくても大丈夫だって。取ったりしないよ?」


 また見透かされた。


「そ、そんな心配はしていない! あれは自慢の後輩だから、むしろ紹介したいくらいだ」


 それ以上は聞くな、と言わんばかりで逃げるように歩き出した。


「へー、楽しみにしてるよ」


 意地っ張りな友人に笑顔を向けて学校へ足を向けつつ、


 ——こいつ絶対に見せてくれないんだろうなぁ。


 と、すでにみゆきは確信をしていた。

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