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12-1 幸せを祈ろう

 今日はやけに寒いし、午後になったら雨が降ってきた。

 放課後の人気のない廊下を歩きながら、窓の外へ目を向ける。


 振り止む気配のない空を見て、少しだけ後悔する。


 やっぱり傘、持ってくるべきだったか。

 朝の天気予報でそんなこと言ってた気もするが、めんどくさかったんだよ。


 先輩は寒いのが苦手だから『今日はもう帰ろう』なんて言うかもしれない。


「でも先輩。僕、傘忘れちゃって」

「ふむ、仕方ないな。私の傘に一緒に入るか?」


 うん、ありえないな。

 妄想にしても都合良すぎて恥ずかしくなる。


 まあ先輩が『もう帰る』なんて事を言うわけがないけど。


 なにしろ和室にはコタツがある。

 この寒い中、さっさと帰ろうなんて言うハズがない。


 正直、ここまでコタツが好きだとは思ってなかった。

 ちょっと寒いだけでコタツから出ようとしないもんな。

 トイレにさえ行こうとしないんだから、自堕落にも程がある。


 コタツ導入以来、先輩がどんどん駄目人間になってる気がする。

 たぶん今日もすぐにコタツに入って最終下校時刻まで粘るだろう。


 とりあえず先にコタツ暖めとこう。

 先輩が喜んでくれるなら、そのくらいの点数稼ぎはしておきたい。


 なんて思いながら和室の戸に手をかけると、すでに鍵が開いていた。

 

 ありゃ? 出遅れたかな?

 先輩は執行部の仕事を片付けてから来るから、先にいるのは珍しい。


 何かサプライズを仕込むような話はあったっけ?



 フワッと先輩が使っているコロンの香りがする。

 三和土を確認すると、先輩のより一回り小さい上履きが脱ぎ散らかすように転がっていた。


 ……あの人、どうやってカギを開けたんだろう?

 和室の玄関は引き戸だから、唯一マスターキーでも開かない部屋なんだけどな。


 訝しみながら奥の部屋の襖を開けると、案の定で絢香さんがコタツで寝ていた。



          □



 いったい、いつからココにいたのか。


 勝手にお茶を淹れて持参したお菓子を食い散らかし、座布団を抱き枕みたいに抱えて寝ている。

 なんていうか、フリーダムな人だよな。


 まあ、この人も疲れてるんだろうけど。

 卒業も間近なのに、いろいろ頼られて忙しいみたいだしな。

 息抜きできる場所があれば、ちょっと寝たくもなるだろう。


 しかし自宅じゃないんだし、くつろぎすぎてないか?

 堂々と爆睡しているからか、彼女が和室にいる事にほとんど違和感を感じない。


 ここんとこ、絢香さんが先輩と同じコロンを使っているせいかもしれないが。

 気がついたら二人が同じ匂いをしているで、ちょっと驚いたもんな。


 実際、こうして目を閉じると、すぐ傍に先輩がいるような気にもなってくる。

 それで目を開けると絢香さんだからガッカリするのだが。


 ホント、仲良いよな、この人たち。


 うっかり起こすのも悪いので電気を点けないで部屋に入る。

 足音に気をつけながら、そっとコタツに近寄った。

 絢香さんはいつも僕がいる側の席で、僕の座布団を抱えて寝ていた。


 どうしようかな、と思案する。

 いつも先輩がいる側に座ってもいいのだが、なんとなく落ち着かなそうだ。

 座布団も先輩のを使うのは少し気がひける。


 いや、ここの座布団は学校のモノであって《僕の》とか《先輩の》ではないのだが。

 コタツ導入以来、ずっと先輩は同じ席で同じ座布団を使っているから、もう僕の中でアレは《先輩の一部》になっている。


 僕には《先輩に座って喜ぶ》なんて趣味がない。


 ……ないよな、うん。

 つい自問してしまったが、僕の中にそんな特殊性癖はなさそうだ。

 あえて言えば先輩に座るより、座ってもらう方が嬉しい程度だ。


 まあ座布団なんかなくても座れるし、押入れから出せばいいのだが。

 和室に《僕ら以外の誰かが先にいる》というシチュエーションが珍しくて調子が狂う。


 ヤカンに火を掛け、押入れから取り出した座布団を抱えて静かにコタツへ戻る。

 ……改めて考えて見たら、同年代の女性が目の前で無防備に寝ているとかあまりないな。


 なんとなく寝ている絢香さんの脇にしゃがみ込んで様子を観察してしまう。


 ……この人、なんで夏服着てるんだろう?

 いま二月だよ? どうして半袖なんか着てるの?

 寒くないのかな?


 いや、さすがに寒いから座布団抱いてるんだよな。

 なんか表情もシリアスだし。

 いつも笑顔を絶やさない人だから、こんな表情は珍しい。


 ……寝ながらずっと笑顔ってのも不気味だけどさ。


 しかし、この人、無表情だと整った容姿が際立つな。

 いつもいたずらっ子みたいな笑顔をしてるから、ギャップがすごい。


 すごく睫毛が長いけど、これ付け睫毛じゃないんだよね?

 寝顔をじっと見ているうちに、思わず引っ張って確かめたくなる。


 ……この人、無防備すぎやしないかなぁ。


 つい伸ばしかけた手を自制しながら思う。

 真横で僕がこんな事を考えてるのに爆睡してるもんな。

 不穏な気配とか、そういうの感じないんだろうか?


 この先の大学生活とかが心配になってくる。 

 こんなんじゃ、そのうちロクでもない男に襲われそうだ。


 まあ僕が心配しても仕方ないんだけどさ。

 卒業したらもう顔なんか合わさないかもしれないんだし。


 取り急ぎ、この人が楽しい大学生活を送れるように祈っておこう。

 しゃがんだままパンパンと柏手を打って絢香さんを拝む。

 

「えーと、絢香さんがこの先ずっと幸せな人生を送れますように」


 口から出た言葉は、思っていたより大げさだった。

 言い終わってから苦笑してしまう。


 なんて言うか。


 思ってたより、この人の事を気に入ってたんだなぁ。

 自分でも意外だ。

 この一年、先輩しか見てこなかったから、全然気がついていなかった。


 ま、先輩の敬愛する人だからね。

 考えてみれば当然か。

 先輩が好きな人なら、僕だって好きだ。


 なんなら先輩と同じ匂いがするし。


 これでお別れになるのが寂しくなる。

 せめてもの気持ちとして、出涸らしじゃないお茶を淹れよう。


 しっかりと拝んでから、勝手に使われていた僕の湯呑みを回収しようと、寝ている絢香さんの横から覆いかぶさるようにしてコタツへ手を伸ばす。


 うっかり触らないように視線を下に向けたら、絢香さんが目を見開いて硬直していた。


「あれ? 起きてました?」


 さっきの聞かれてたら恥ずかしいな。

 手を引っ込めて声をかけると大きく息をついて硬直した体を緩め、座布団を抱えたままニヘッと笑った。


「……ああ、ポチ君かぁ。ビックリしたなぁ」


 寝ぼけた声でコタツから這い出てきた。


「なんかボソボソ声したと思ったら、急に覆いかぶさってきたからさ。誰か知らない人に襲われるのかと思った」


 相変わらず、この人の言うことは闇が深い。

 まあ、この容姿で人好きのするキャラクターだから、色々あるんだろうな。

 

 思ってたより熟睡してなかったみたいだけど、お祈りの言葉を聞かれてなかったのはありがたい。


 出来心に負けて睫毛、引っ張らないでよかった。

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